第十五話……風見と上村
「首尾は?」
「うまく行ってなくはないが」
その男。制服を着た中年の男は、少々不機嫌気味に答える。不機嫌な男の視線はモニターの男に向けられている。
問いかけたモニターの男は少しも顔色を変えない。その態度が不機嫌な男には気に入らない。
「何なんだ、あの護衛は?」
「各部への留置を命ずる」
モニターの男の言葉に不機嫌な男の顔色がかわる。
「しかし、まだ……」
「一つをのぞいては」
「来るのか?」
「予定が早まっている」
「……そう、なのか」
彼の不機嫌さはいつの間に影を潜め、座っていた椅子に座りなおし、姿勢を正していた。
モニターの男の話は続く。彼はその言葉に頷きながら「わかった」と何度か同じ返答を繰り返した。
通信は向こうから切られ、彼は大きなため息をついてしばらくその場で思考をめぐらせ、頭の中を整理しなければならなかった。
あとは……槍、か。
※
「かわいい名前をつけたのねぇ、サヤっていうのね」
「……うん」
「……」
上村の膝の上で押さえつけられたサヤは情けない声を出しながら、上目使いで空に助けを求めている。
すでにユキはどこかに逃げてしまった。
「それで、何の用なのさ」
「あら、だからさっきっから言ってるじゃない。サヤちゃんの様子を見にきたのよ」
「……」
上村はサヤの頭を撫でながら、猫耳をひっくりかえしたり戻したりしている。サヤはたまに耳を震わせて元に戻しながら我慢している。どうやら上村の事で得意でないのか、いつもんは元気のよいしっぽも今は力なく垂れている。
「風見君に、こんな趣味があるなんてね。ね?」
「えっ、う、うん」
いきなり同意を求められ、よく理解もしていないのにサヤは曖昧に笑い返す。
「サヤちゃんは、風見君のこと好きかな?」
「にゃ、にゃあ」
返答に困ってつい猫のように鳴いてしまう。
上村はサヤの頬を両手で引っ張り変な顔にして遊んでいる。
「あんまりいじめないでくれるか?」
「いいでしょう? コミュニケーションよ。ところでもう一人はどこにいるのかしら?」
「もう一人?」
「ファーストがいるんでしょう?」
ああ、と空が声を漏らし、ベッドの下を覗き込む。ベッドの下の隅の方で壁の方を向いて丸くなったユキが硬直する。
「ユキ、出て来い」
「みぃ」
空に呼ばれるが、一応返事だけして出てくる気配はない。
「ご機嫌斜め? ダメよ、やさしくしてあげないと嫌われちゃうんだから」
「……」
「高橋君から、その子のご飯を預かっているの。小さいけど、あけると結構あるらしいから」
そう言って持ってきたバックから小分けにされたパックを一つ取り出してみせた。
お湯をかけるともとに戻るタイプのものだ。五百円玉大の錠剤のようだが、一つあけるだけで十分な一食分になる。
「ああ」
味は数種類。ユキ用の方は猫用の栄養構成で作られている。サヤの方は人間用の栄養構成でユキよりも一回分の量が多い。
「ユキちゃんは少食なのね。体が……」
「あんまり変な事は言わない方がいいぞ。ユキはちゃんと言葉を理解しているんだ」
「へぇ」
もちろん、そんな事は上村も知っている。上村は空のユキへの理解と気遣いに感心したのだ。
「なんだよ」
「似ているなって思ってさ」
「誰と?」
「鈴ちゃんかな。冴木鈴華。もう会ってるんでしょう?」
「ああ、千堂に紹介された。だけど……」
似ているという言葉に、空には面を食らった。どう考えてみても彼女とは似ても似つかないように思える。
「……」
「彼女の雰囲気はどうだった?」
上村は何を言わせたいのだろう? 空は言葉数が少なくなる。
「うん、まあ……」
「そう。まあいいわ。ところで、みんなとは仲良くしているのかしら?」
「みんな?」
「そう、みんな。ここで言う所の実験体。つまり、能力者のみんな。あなたとサヤちゃん除いた二十二人」
二十二人。
そんなにいたのか。
上村に言われて、記憶を辿る。
千堂、鬼崎、冴木、サヤの他なら神楽、蓮見などが思い浮かぶ。
ということは、冴木の側で遊んでいたあの子供達も能力者なのか? あんな小さな子も?
空は思い出して思わず顔をしかめた。妹よりもさらに年下だ。
しかし、二十二人も思い出せない。
「どんな子がいるか聞きたいでしょう?」
「……」
上村は言葉を選んでいる空に意地悪な笑みを浮かべてみせる。
「教えたいのか?」
「知りたいんじゃない?」
上村の言葉に空も笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな……」
力とは一体何なのか、どんな子供達がどんな境遇でいるのか。少しでも知っておきたい。
なぜ、上村が自分にそんなことを教えようとしているのか、その理由が今は定かでなかったとしても。