第百六十四話……母なるもの13
空は自分の中にある光を見た。
「……!?」
突然爆発でもしたかのような破裂音に冴木は思わず目を背けた。訪れる沈黙と共に庭園に赤い雨が降る。
雨は山崎の白い身体を濡らし、ドサリと空が地に落ちた。
「えっ……?」
彫像のように天を仰ぐ山崎は一瞬何が起きたのか理解できなかった。次の瞬間、獣の慟哭が大気を裂く。
空を抱えていた山崎の腕が内側から破裂しのだ。抱え上げていた山崎の右腕は消し飛び、山崎を濡らした赤い命は山崎自身によるものだった。
……あれは何?
叫びを上げる山崎の胸から腰にかけて蒼く光る槍のようなものが貫き、そのまま床に串刺しにし、動きを封じられていた。
腕の痛みに身をのたうちまわろうとしても、蒼い槍がそれをさせない。山崎は貼り付けにされた虫のようにムチャクチャに手足をバタつかせた。
蒼い光。
蒼いと言っても蓮見の『ブルーフレア』とも違う。それが何らかの能力によるものだとしたら、冴木も初めてみる能力だった。
叫びを上げる山崎のそばで、地に落とされた空はゆっくりと立ち上がる。
「冴木!」
「!?」
冴木は僅かに光を放つ空を目にした。
その姿と声に察したように慌てて花織のカプセルを開くための操作ができないか装置を調べた。
早く、早く開けないと!
どうしてそう思ったのか冴木自身わからない。ただ、そうしなければならないような気がしたのだ。光を放つ空を見て。
「やめろ! 私のマリアに近づくな!」
山崎は自分の胸に刺さる光の槍を抜こうと懸命に残った左手を動かしたが、槍に触れようとしても手は空を掴む。胸を貫き地に刺さる実体のあるはずのそれを山崎は掴むことができなかった。
「これで、開くはず……」
カプセルの装置は研究所の地下で見たものと変わらない。
この装置を操作するのは始めてだが、いつチャンスが訪れてもいいように操作方法のイメージトレーニングは出来ている。
圧縮された空気が漏れるような音がして、カプセルの扉がゆっくりと開いていく。
腿まで伸びた艶やかな黒髪、日を浴びることなく眠りつづけた妹の肌は透き通るように白い。端正な顔立ちは冴木をあどけなくしたようで、二人が姉妹であることは並んでみれば一目瞭然だった。ただ、花織は同年齢の子よりも小柄に見えた。
冴木はゴクリと唾を飲んだ。
か、花織……!
研究所で彼女を見つけてからというもの、眠った姿しかみていない。
彼女が研究所で生活し、成長したように、花織もまた成長していた。山崎が妹に対してどのように接していたのかを冴木が知るよしもなかったが、その様子から手荒に扱われていなかったことだけは知ることができた。
な、何を話せばいい?
いざ目の前に現れた妹に冴木は躊躇した。
目覚めた状態で話をしたことなど十年以上も前の事だ。
「う……」
「花織……っ!」
「あっ……あれ、お姉ちゃん……?」
花織は何度か目を瞬かせながら寝ぼけた様子で姉の顔を見た。
「わ、わかるの?」
「……うん、ずっと見ていたから。お姉ちゃんのこともここに来るまでのことも……」
「……!」
姉は言葉にならずただ彼女を抱きしめた。こうして抱きしめることをどれほど待ち望んだことか。
二人の姿を確認し、空は息をついた。
そして狂ったように繋がれたまま暴れる山崎に目を向ける。
「あっ、ああっ! マリアっ! マリアっ! 神を生む子が! 私の傑作が!」
「お前のものじゃない……それに、彼女から神なんか生まれない……」
しかし、その空の言葉は山崎の異形の耳には届かない。
「どうして! どうして!? 私は神に選ばれたはずなのに!? 神を身籠ることも、創り出すこともできない!? 何故!?」
山崎の周囲に無数に蒼い炎の矢が空に向かい現れた。
「山崎……一つ聞いていいか? サヤは……セカンドはお前の……?」
「なんで、失敗作ばかり! なんで私からは失敗作しか生まれないの!?」
「……」
無数の炎の矢が空を襲う。
肉迫する無数の矢に背を向け、空は冴木姉妹に近づいた。
「風見君!」
冴木は思わず声を上げた。
空の背中で炎の矢は四散する。何事もなかったかのように次々と矢が消えて行く。
空の持つ『ブルーフレア』により能力は中和されている。山崎はそんな事すら忘れ、ただ感情のままに力を放ち続けていた。
「感動の対面は済んだか?」
「……ええ」
空の言葉に冴木は覚悟を決めたように頷いた。空の光を見た時からわかっていた。
「行かなきゃならないみたいなんだ」
「……私も行くわ」
「……でも」
「妹だけ連れていく気?」
怒ったような冴木の顔に空は少しで顔を綻ばせた。
「あなたが、風見空? お姉ちゃんの彼氏?」
花織が好奇心旺盛な大きな目を空に向け、小首を傾げた。
「ば、バカ、違うわ」
慌てて否定する冴木に空はまた笑い、手に槍を携えた。空の能力により創られたすべての能力を一つに結集した光の槍。
「ああ……まだ違う」
空はその槍で花織の体を貫いた。
その瞬間、空の背に巨大な白銀の翼がはためいた。翼は空と姉妹を包み、一つの光となった。膨張する光は、運命に慟哭する獣をも飲み込み、空を裂き、雲を払い、天を突く。
光が消えた時、そこには誰もいなかった。