第十四話……始まり
コッコッコッ……。
静まり返る金属質の通路に足音が生まれては消えていく。
一定の間隔で刻まれる靴音。彼女の姿は等間隔に点される光の中を渡りながら、奥へと進んでいく。
ブロックを越え、Aブロックの中央から普段はほとんど使われることのないエレベーターに乗り込んだ。金属製の操作パネルを開くと手馴れた手つきでパスワードを打ち込む。
すると、今まで作動していなかったボタンが命を持ったように明かりを点す。
彼女はそのボタンを静かに押し込んだ。
「……」
エレベーターが動き出す。彼女は少し疲れたかのようにエレベーター内で壁により掛かった。
ここまでは大丈夫。見つかってはいない。
ここに来るのも久しぶりだ。研究所の人間が出ている時、特にあいつらがいない時にしかここにはこない事にしている。
以前にここに来たのは、もう何年も前の事になる。
「やっと……」
何とも言い難い、懐かしい感情がこみ上げてくる。彼女はそれを押さえ込むように自分の胸を両手で押さえた。
高揚感でこうでもしていないと大きな声でも上げてしまいそうだった。
そんな彼女の気持ちとは裏腹に、エレベーターはまるで地獄にでも行ってしまうのではないかと思うほどに勢いよく下層に滑り込んでいく。
「……」
彼女はゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着けることに勤めた。
やがて音もなくエレベーターが止まると、音もなくその扉は開かれた。扉の向こうは光と闇の溶け合う道。古びた光は闇に押されている。
もし、ここに何の目的もなく、初めてやってきたのだとしたら、いかほどに好奇心の強い人間でも、この光溢れるエレベーターから足を踏み出すことはなかっただろう。
彼女はためらわず、その道を歩き出す。
長い通路。人の気配はなく、夏だと言うのに立ちこめる冷気にわずかに鳥肌が立つ。
彼女は以前に来た時の記憶の中で、距離感を取り戻そうと見えない先を睨む。
「……」
どれほど歩いたか、突き当たりまで行き着いた。たどり着いたそこに重厚な扉が待っていた。限られた人間が、ごく僅かにしか訪れることのないこの扉は冷たく眠っているようだった。
彼女はロックされたドアのパネルに触れる。ディスプレイに浮かび上がる番号とアルファベッドを組み合わせたパスワードを入力する。
「……よし」
ディスプレイに「OK」と浮かび上がると、ロックが解除される。
彼女は左右にスライドして開いていく。
扉が開きはじめると、その隙間から青白い光が彼女が彼女の視界に飛び込んでくる。
中はかなりの広さだ。子供達の居住区ホールほどの広さはある。天井はホールよりもさらに高い。しかし、所狭しとおかれた、今も稼動する機器とコンピュータのおかげで歩ける場所は遥かに狭い。
「えっ!?」
彼女は思わず声を上げた。視界をめぐらし、何度も行き来させる。
「……ない! うそ、どうして!?」
声がむなしく反響する。機械音の中を自分の声が反響して戻ってくる。
疑問が沸き起こる。記憶を辿れば、目的の物と一緒に、一部機材がぽっかりとなくなっていることに気がついた。
まさか、あの……今日のあれ……。
窓から見たコンテナが一瞬にして頭の中に蘇る。
コンテナの大きさ、護衛、同行メンバーは確か……。
上村、山崎、井原副所長。
「くそっ!」
そうとしか考えられない!
どういうことなの!?
彼女は拳を壁に叩きつけた。