第百五十八話……母なるもの7
冴木はその場所へとたどり着いた。
そこはちょうど異能研で初めて彼女と空が出会った中庭にあたる場所だった。同型の区切りがされていたが、もう長年手つかずであったために、ひどく荒れている。冴木は、まるで森の中に隠された遺跡の中に迷い込んだような気分になった。蔦は壁を這い上がり、本来の外壁の姿を隠し、どれほど前に散ったものなのか、堆積した落ち葉が年月を感じさせる。広さこそあるものの、人気のないこの空間は安らぐような雰囲気には程遠い。
その庭園の中央に彼女は眠っていた。
「……花織」
汗だくになりながら、息も整わないうちに冴木はその名を呼んだ。
庭園の中央、仰々しい機械に囲まれたカプセルの中に眠るのは一糸纏わぬ少女の姿。年齢は十五歳ほど、その容姿は冴木によく似ている。まるで冴木鈴華の時を僅かに戻したかのような錯覚を受けるほどに。
「やはりあなたがたどり着いたわね。冴木さん」
冴木が少女に近づこうと足を踏みだした瞬間、その影から一人の女が姿を現した。
「山崎博士!?」
現れたのは、深津の先輩であり、異能研で研究の中核を担っていたあの山崎だった。
彼女は研究所にいる時と同じように白衣を身にまとい、フチなしのメガネの奥から切れ長の瞳でを冴木に向ける。
「さすがね、思いの強さが違ったのかしら?」
表情を変えず淡々と喋る山崎はぼんやりと呼吸を繰り返すように青白く発光を繰り返すカプセルにもたれかかる。その瞳は愛おしいものをみるような視線でカプセルの少女に注がれる。
「どうしてあなたがここに? あなたは、研究所で亡くなったはず」
深津の話によれば研究所にいた人間の中で深津以外に生き残った者はいないはず。
「ふふ、もちろんお人形さんが投下される前に逃げたしたのよ。所長らと一緒にね。ただ、所長たちには途中退席してもらったけど」
彼女は「ふふ」と笑みを浮かべた。
「ここまで、ずいぶん急いだんでしょう? そうよね、もし他の誰かが到着して、マリアに手を出されでもしたらたまらないものね。あなたの目的は、今も昔も研究所から妹を取り戻すこと」
「……!?
冴木は思わず山崎の顔を凝視した。
「なぜって顔をしているわね。だって、能力者であるあなたを一番最初に発見し……」
一番最初に発見? マリア? 何?
遠い記憶のどこかで、冴木はその言葉を聞いていた。幼い頃、体の弱った母の前に現れた初老の女の言葉。
マリア……?
「妹をあなたに与えたのは私だもの」
「……!?」
山崎は意地の悪い卑下た笑みを楽しげに浮かべ、顔色を悪くする冴木に向けていた。
うそ……そんなことはない……少なくとも、母さんに会いに来た人は……!?
山崎よりも遥かに歳をとった人物だった。