第百五十四話……母なるもの3
「わ、私は……」
サヤはどうしたらよいのかわからず視線を行ったりきたりさせた。そんな中、冴木の表情が変わっていく、体を緊張させ、自然と身構えていた。
「深津博士、あなたまさか……」
「違う、私が助かったのは偶然で……ここへは、あの巨人を破棄するために……」
狼狽する深津は言葉を詰まらせる。しかし生じた疑惑を晴らす方法が言葉以外に見つからない。
「あの子らは、存在自体が不自然で危険だわ」
畑中は実験体である子供達との戦闘を経て変化したシモンを脳裏に浮かべていた。電車内での、岡島大地との戦闘に参加したあとのシモンは明らかに何かの変化を起こしていた。
クリエは低能な殺戮をするだけの獣ではない。何らかの知恵を持っている。いや、持つ要素を持っていた。
もしクリエのようなものが自分の意志を持って活動を始めたら……。
「あいつらは何?」
「……そんなこと……」
銃を構え詰め寄る畑中。その時、ユキが再び地を蹴った。
冴木同様、ユキにも焦りがあった。能力もないのに囮となった空が心配だったのだ。
ユキは走りながらも耳を澄まし、あとからあとから追ってくるだろう空の足音を待っていた。しかし、それもまだ聞こえない。
悔しいが、冴木鈴華がいれば空がケガをしたとしても治癒させることができる。早くことを終え、空のもとに駆け付けたい。
ユキは撹乱するように瓦礫の陰を渡り、姿を隠しながら畑中へと迫る。ユキの猫とは思えぬ速度が畑中の選択肢を増やしていく。
……すごい、お姉ちゃん。
その動きに妹であるサヤですら目で追うのがやっとだ。
「本当にいい子ね、しかも優秀」
飛び出したユキに畑中は淀みのない動作で左手でレッグホルスターから銃を引き抜くと、引き金を数度引いた。
「……!?」
その間も右手に構えられた銃口は深津達から少しもブレることはない。ユキは空中で勢いを失うと白い毛並が弾けたように赤く染まった。
「お姉ちゃん!」
「ユキ!」
ユキの体が先ほどの着地とは違い、不自然な体勢で落下した。
「優秀……でも気持ち悪いわ」
畑中の目に嫌悪の色がおびる。
サヤは墜落した姉のもとに何も考えず駆け出していた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!?」
小さなユキはぐったりとして動かない。ユキの新雪を思わせる白い毛並はいまや鮮血に染まり、その範囲を広げっている。
「そんな!」
「研究所で造られた、特殊動物。何をするかわからない。警戒して当然でしょう?」
深津の言葉に、畑中はさも当然だというように肩をすくめる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
サヤの叫びが涙声に変わっていく。妹の声に姉は反応しない。ユキの命が小さく、小さくなっていく。
「鈴! 鈴! お姉ちゃんを助けて!」
「えっ……」
サヤに視線を向けられ、冴木は一瞬通路に意識を向けた。
今は、私だって……。
一刻も早く前に進みたい。体力の温存をしておきたい。彼女の駆け出しそうな足は畑中の銃口があったからこそ止まっていたようなものだった。
「お願い、鈴!」
サヤ……。
「でも……」
「サヤちゃん落ち着いて。お姉ちゃんを連れて、冴木さんと先に行きなさい」
「へぇ?」
深津の言葉に畑中は意外だという顔をする。
「冴木さんの能力なら、ユキを回復させることができるはずよ。そうでしょう?」
「……ええ……」
「なら行って!」
「う、うんっ!」
サヤは涙をゴシッと拭うとユキの体を抱きあげる。
「……鈴」
「ええ、わかってる。急ぐわ、ついてきなさい、サヤ」
冴木とユキを抱えたサヤは走り出した。
駆けていく二人を背に深津は銃口を構えたままの畑中の前に立ちはだかった。
私……何をしていたの? あの子らが、こんなに頑張っているっていうのに!
「用があるのは私のはずでしょう?」