第百五十二話……母なるもの1
感じる……感じる! 近づいている!
先頭を行く冴木は強くなっていくその感覚に引っ張れるように夢中で足を動かした。
この感覚を追っていれば、息が苦しくなっても、足が疲労の枷で引っ張られても前へと自然に出て行くような気がした。
「冴木さん、もう少しペースを落とせないかしら……」
「えっ!?」
息を切らした深津は何とかそれだけ言った。その言葉で冴木が足を止めると、彼女は座り込みそうになるのを堪えながら息をついた。
長い距離を走ったわけではない。荒れた元研究所の通路は足場が悪いのだ。
捲れた床、割れた照明、天井に備え付けられた何かの機器が配線で宙にぶらさがり、破損したパーツが刃物のようだった。
ところによっては通路には窓もなく、照明が機能を停止している個所はかなり薄暗い。そこを駆け抜けるのはかなり勇気と余分に体力を消耗した。
深津に言われ、冴木は自分のスカートがところどころが傷ついている事を知った。自分の足そのものに傷はないが、これまでの道にはかなりの障害物があったのかもしれなかった。
ふと見れば、手を床につき四つ這いで猫走りをしていたサヤの腕や腿には擦り傷がずいぶんできている。
サヤは一行が立ち止ったので、ユキをマネして足の傷を舐めようとたが、バランスを崩してコロコロと転がってしまう。ユキのようにうまくはいかない。
……夢中になって視野に入っていなかった……でもっ!
「もう少し慎重に行った方が……」
「何を言っているの!? もうすぐ、もうすぐそこなのよ!」
冴木は声を荒げた。
険しく顔を歪める冴木に深津は少々不思議な思いがした。
研究所で彼女と接してきたかぎりでは見た事のない表情だった。イラつきを隠そうともしないのは、普段の冷静な彼女からは想像もできない。
「……そう、ね」
しかし、空をはじめとした仲間が今現在クリエと戦っている。彼女に託して道を開いてくれたと考えれば、それも頷けた。
早く決着をつけたいと思うのは当然か……。
深津はもしかしたら、この先のにいるかもしれない巨人のベースになったという存在にどこかで恐怖していたのかもしれない。そう思った。
「わかったわ、急ぎましょう」
「ええ」
冴木がまた走りだそうとした時、ユキが獲物を追うかのように瞬時に疾走すると、そのまま飛び上がり冴木を突き飛ばした。
「えっ!?」
それとほぼ同時に三人と一匹の中を銃声が鳴り響き、銃弾が冴木の立っていた場所を通過し、半壊した通路隔壁に着弾した。
尻もちをついた冴木は唖然として自分の胸に手をついていたユキを見ていた。
「ユ、ユキ……い、いま……」
「あらあら、ずいぶん優秀な子じゃない。その猫……」
「えっ!?」
深津はその声に戦慄した。今まで自分達が走ってきた方向、その暗がりから発せられた銃弾と声に。
その存在にいち早く反応したユキは全員の中で最も早く次の行動に移っていた。彼女はその声の存在する方向へ、深津達の足元を風の如く抜け疾駆した。