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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第六章 白い迫撃
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第百五十一話……造られた命4

「猪熊っ!」


「……こんな奴が、造られているのかよ……」


 猪熊の口から言葉がこぼれ、巨人の赤く濡れた手を彼の体から引き抜いた。


「シモンっ!」


 空は静かに今しがたの猪熊との戦いが嘘であったかのように静かに拳を降ろしていた。

 濡れた手から赤い雫が床に落ち、乾いていく。


「何故……」


 空は息を引き取った菅原をその場に寝かせ、倒れた猪熊を見た。腹部から腰に掛けて、巨大な、それでいて酷く鋭利な刃物で断ち切られたのように絶命していた。

 殺す必要などなかったはずだ……。

 空は唇を噛んだ。


「殺した!?」

 ……この男は言った。イキルことは戦うコトだと……

 シモンは口を動かしていない。

 幻覚の中で会話したシモンの声があの時と同じように空の頭の中に響いてくる。

 この場にもし第三者が居合わせたとしても、空が一方的に話かけているようにしか見えなかったであろう。


「確かに、猪熊は……お前にそう答えた。だから、これが猪熊の答えかもしれない。だけど、菅原は違う。菅原の命まで奪う必要はなかったはずだ」


 ……その男も答えを示した。その男はその世界に残ることを選択したのだ……


「あの世界……」


 シモンの言葉に空はもう一度、菅原を見た。

 穏やかな消滅だった。

 苦しみや悲しみなどとは縁遠い貌だった。

 あの世界。シモンが見せた世界は確かに、どこか幸せな感じのする世界だった。そこに残りたいかと言われれば、空とて残りたいと思ったかもしれなかった。

 でも……あの世界は……。

 ソラ、イキルとはナンダ? イノチとは?

 シモンの問いに空はあの幻覚の世界を思い出していた。

 幻覚の中で見た最後の二人。夫婦となり子供が生まれたあの二人の事。

 それから振り返り、空の目に飛び込んできたもの。感じたもの。

 赤子には両親との繋がりがくっきりち現れていた。紐、綱、糸、鎖、何か力を感じるそんなようなものだ。

 気がつけば、それは空自身にもあった。振り返れば、それはどこかに繋がっている。

 しかし、シモンにはそれがなかった。シモンは突如としてその場に放り出された、この世界の何者でもない存在だった。


「あの世界、俺にみせたあの世界は、お前の願望だろう?」


 ただ一体、ただ一匹、ただ一人、シモンはそこにいる。

 ……ワタシは何者なのだ……ナゼ、イキテイル? ワタシのイノチはどこからきた? 応えてくれ、チカラを持つ子……。


「そんなこと……」


 わからない……答えなんかない……。

 空は黙り込んだ。

 何かを言葉をかけてやりたいが言葉が見つからない。 


「……だけど、だったら、お前らは、お前から始まればいいだろう?」


 ……ワタシから始まる?


「そうだ、これから繋がりをつくればいい。お前から命が生まれれば、それはお前が俺に見せたものと同じだろう?」


 ……。

 巨人は無い貌を上げると、空へと近づく。

 空はその光景にゴクリと唾を飲んだ。


「……!」


 一歩、足を進めるごとに、シモンは姿を変えていく。身長は縮み、太い腕は細く、体は丸みを帯び、顔には人間のようなパーツが生まれ、空の目の前にくることには完全な人間の姿になった。

 その姿は一糸纏わぬ冴木鈴華だった。空は思わず目を反らしそうとしたが、冴木になったシモンの言葉がそれを制す。その声も、冴木そのものだ。


「完全個体である私は子孫を残すことはできない。それでも私はこれから先を見てみたい。空、私を連れて行ってくれるか?」


 ……。


「ああ」


 空の答えに冴木の姿になったシモンは微笑むと空にその両腕で抱きしめた。

 シモンとは頭で解っていても体に伝わる感触は冴木のそれに、空は緊張した。


「期待しているよ……」


 冴木の体は僅かに光を放つと、風に溶け、空の体へと吸い込まれるように消えて行った。

 ……。

 空は先に向かった冴木を追って走り出した。


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