第百五十話……造られた命3
走り出した猪熊は手にした銃を連続で撃った。放たれた銃弾は巨大な的であるはずのシモンをすり抜けるように通り過ぎていく。僅かにも弾丸がシモンをかすめることはなく、その白い肌が赤く濡れることはない。
叩くような動作でシモンがハンドガンに触れると、その瞬間、弾倉から弾薬がバラバラと床に落ちた。
あれは『スルー』か、弾を避けたのも能力だな……。
空はその光景に研究所で見た谷沢の『スルー』をフラッシュバックのように思い出していた。
猪熊は咄嗟の出来事に迷う事無く空になった銃を捨てた。
その判断力に空は呆気にとられた。
空には『スルー』という見た事のある現象だが、猪熊にとってはそうではない。何が起きたのか理解するのに、常人ならば時間を要するはず。その理解を切り捨て、銃に執着することなく捨てたの経験により刻まれた本能によるものだった。
しかし空の目からしても一目瞭然だった。
シモンは本気を出していない。
猪熊の善戦は、シモンが猪熊を観察しているからに過ぎない。
シモンにとってこの戦いは、先ほどの猪熊の言葉を実践する戦うための戦い。
シモンは猪熊の言う通り戦うことで命を感じようとしていた。それは猪熊が示した答えだったから。
猪熊はシモンから一端間合いを取ると、肩に担いでいた大振りのコンバットエッジを抜き放った。刃渡り四十センチはあるかのような厚みのある大振りのナイフは守衛団が支給するものとは違う彼の相棒だった。
握られるグリップはくっきりと彼の手型に凹凸をつくり、吸い付くよう一体となった。
練度の高い傭兵のように、的確に、それでいて滑るような動きのシモンに対し、猪熊の斬撃は武骨そのもの。直線的かつ単純明快にダメージを狙う。
「おい、菅原さん! 目を覚ませ!」
空の眠りについたままの菅原に声を掛けたつづけていたが彼は目を覚まさない。
穏やかに呼吸を繰り返し、ゆったりとした鼓動が体を支える空の腕に伝わってくる。
その眠りはまるでここが戦いの場であるということをすっかり忘れてしまったかのよう。
目覚めない……!?
「おい、目を覚ませ! 目を覚ませよ!」
頬を叩き、体を揺らす。
おかしい。明らかにおかしい。ただの眠りではない。
菅原の呼吸は浅く小さくなり、穏やかな鼓動はさらに微かになっていく。
命が消える。
何故!?
「シモン!」
空は思わず叫んだ。
その時、巨人の腕が猪熊の体を貫いていた。