第百四十七話……幻想・後編
教室までの道のり千堂はさも重要な情報でもあるかのように声をひそめた。
転校生? この時期に?
「しかも女で、とびきりの美人らしい」
「それ、どこ情報だよ?」
転校生、というだけで何か過剰な期待や夢を抱いたりするものだ。異性であるならばそれは特にひどく、大概の場合、尾ひれがついて話が大きくなっている。興奮気味にプレゼンする千堂に空は話半分で聞き流していた。
「なっ、いい情報やろ? どんな女か、今から楽しみやわ」
「いいのか? そんな鼻の下を伸ばして、鬼崎が知ったら」
「や、弥生は別に関係ないやん!」
学級委員長の鬼崎弥生の名前を出され、千堂はわかりやすく動揺する。
鬼崎と千堂が中等部最後の文化祭辺りから急接近していた事を空は知っていた。
隠すんなら、もっとうまくやってほしいもんだ……と内心思っていたが、ため息をついただけで言わなかった。
「……おい」
教室に入ると同じクラスの日倉皐月が空の席で朝から寝息を立てていた。
「おい、日倉、起きろ。そこは俺の席だぞ」
「……あぅ?」
空に声をかけられ、日倉はゆっくりとした動きで顔を上げると、彼の存在に気が付いたのかペコリと頭を下げた。
「あぁ、おはようぅございますぅ」
「……ああ、おはよう、なんでお前は……」
「ここぉ、とても日当たりがぁ……」
「……」
ゆっくりとしたしゃべりの日倉が話始めるとうまく会話がかみ合わない。空は仕方なく、彼女の話を聞く側に回らなければならなくなる。例え途中言いたいことがあっても我慢をすることが話を早く進めるコツだと最近認識した。
「ほうら、みんな席につけ」
「……」
日倉の話を聞き終えないうちに高校教教師とは思えないような派手な色スーツに身を包んだ担任の上村が教室に入ってきた。
教室は騒めきながら、生徒はそれぞれ自分の席に腰かける。
「あらぁ、先生来ちゃいましたぁ……風見君、また、あとでねぇ」
「……いいから自分の席につけよ」
ニコニコと笑う日倉を見送り、空はやっと席についた。
「さて、今日はビッグニュースよ。何と我がクラスに転校生がやってきたわ」
「「おお……」」
上村の妙な煽りに影響されてか、教室内がどよめいた。すでに情報を得ていた空はそれほど驚きもなく、斜め前に座っている千堂のドヤ顔に肩をすくめていた。
「喜べ男子! 転校生は女子よ!」
「「おおっ!」」
思わず歓喜の声にわく男子とそれに冷ややかな視線を向ける女子。空の目から見ると千堂は明らかに地雷を踏んでいる。
「直也、女子だとそんなに嬉しいの?」
空と同じ列に座る柏原宗次郎がとなりに座る平田直也につまらなさそうに声をかけた。
「別に。ノリだろ? せっかく上村先生が盛り上げてるんだからさ」
「そっか」
直也の言葉に何故か柏原は機嫌をよくしたのか、笑顔で頷いている。
「さっ、じゃあ入って」
上村に促され、彼女が教室へと入ってきた。
「……」
それは予想外の出来事だった。
入ってきた瞬間に教室の雰囲気が一変した。
そう、千堂の情報網は優秀だった。
姿を見せたのは、独特な雰囲気をもった美少女だった。とびきり、とまではいかなくとも、美人であることには違いない。
端正な顔立ち、スッと伸びた背筋、わずか数歩歩いただけ、立っているだけなのにどこか品のよさを感じさせる。同じ年齢だとは思えないような雰囲気に空はおもわず見とれてしまった。
「今日から、このクラスの仲間になる冴木鈴華ちゃんよ」
「冴木鈴華です。よろしくお願いします」
……?
空はハッとして辺りを見回した。




