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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第六章 白い迫撃
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第百四十五話……燃え上がる炎9

「哲也……」


 自転するかのように渦巻く火の星の熱気は気流をつくり風を起こす。その熱風にさらされながら、彼女は必死に炎を見つづけた。

 炎の壁が厚く、外からでは中がどうなっているのかを知ることはできない。

 しかし、その炎は確実に蓮見の意志を持っていた。もしそうでないのなら、これほどの熱風を起こす巨大な炎の傍にいることなど到底できはしない。蓮見の炎が神楽を焦がすことはない。

 揺れる蒼い炎を見つめながら、神楽は蓮見と出会った頃のことを思い出していた。

 神楽の住む隣の家に越してきた同じ歳の人見知りの男の子。それが彼だった。何故だか母親同士が意気投合し、仲良くなったために、自然と交流が増えていった。

 いつの頃か記憶は定かではないが、彼の母親から哲也のことを「お願い」され、それから蓮見のおばさんに言われたからという理由で彼の世話を焼いていたと思う。

 蓮見は正直言って頼りなかった。

 特別カッコいい所もない。学業成績も、運動神経も並、能力覚醒の時期も、身長も神楽の方が上だった。ただ、いつもそばにいる幼馴染、それが彼だった。

 ……哲也のクセに、格好つけちゃって……。


「そんなの似合わないのに……」


 頬を伝う汗が巻き起こる風に飛ばされる。服が透けるほどの汗にもかかわらず、神楽はただその場から一歩も退かなかった。


「!? 何?」


 突然、蓮見の火の星から幾つもの光の筋が放たれた。


「何これ?」


 光というにはあまりに物質的。風にたなびく光る糸、輝く布とも言えた。しかし、その実はやはり光なのか、伸びていった先は粒子のように解け、散っては完全に姿を消してしまう。

 これは何?

 神楽はその光に手を伸ばすかどうか躊躇した。

 この光の正体がわからない。

 これが蓮見のものなのか、巨人のものなのか、安全なのか危険なのかもわからない。


「ううん……」


 神楽は首を振ると、自分の考えを否定する。

 安全とか危険とかそんなこと言ってられないじゃない!

 今はそんな場合じゃない。もしかしたら、これが蓮見を助ける何かなのかもしれない。

 そう、自分を振る立たせると思い切ってその光を掴んだ。


「……!」


「……」


 蓮見は炎の中で静かに細く僅かに呼吸を繰り返しながら、ほぼ意識を失っていた。取り巻く炎は彼の無意識によって出された生命を糧として燃える炎となっていた。

 対峙する巨人も、いまだに傷が塞がりきってはいない。異様なほどに白い皮膚も蓮見の炎で所々変質しはじめていたが、耽々として彼の命が尽きるのを待っていた。

 炎はもう少しで消える。

 巨人は待つだけだけでいい。待てば、炎が消え、安全に傷を治すことができる。

 それは巨人にもわかっていた。

 勝負は僅差だった。ごく僅かな差が蓮見と巨人の運命をわけた。

 巨人は体が動かなくなっていく中で、その意志は勝利を確信していたのだ。

 もはや動く必要はない。体力を温存していればよい。それで、この勝負にもケリがつく。

 もし、あの時、この男が傷を負っていなかったら……。戦いの行方はわからなかった。

 外側からではわからなかった事が、光を通して神楽の中に流れ込んでくる。

 ……うそ!?

 このままでは彼が行ってしまう。

 外で待っているだけでは、もう蓮見に会うことはできない。話すことも、喧嘩することも、一緒に歩くことも、一方的に文句を言ったり、不機嫌な時に遠慮なく愚痴を言ったりすることも……さっきの返事をすることもできなくなってしまう。

 そんなのダメ! そんなの……


「バカ、哲也のクセに無理をするから!」


 神楽は光を握りしめ、もう一度、蒼い炎の渦巻く星を見た。

 この先にいるんだから……! 

 神楽は意を決して炎の星へと飛び込んだ。

 ……熱っ……。

 蓮見の意志が薄ていく炎は、容赦なく神楽の服を焦がした。スカートがたなびき神楽の体から少しでも距離ができると一瞬にして灰にしてしまう。炎が体に近づくと自然と消えていく。

 炎の壁を抜けるとそこには、佇む巨人と不気味に光を放つ蓮見が倒れていた。

 ……哲也!

 巨人には目もくれず、神楽は蓮見を抱きかかえた。心臓は異常な鼓動を打ち、土気色に生気の薄れたの顔を抱きしめた。

 まだ……!

 神楽は蓮見と唇を重ねた。

 神楽は彼に息を送り込んだ。

 ……?


「!」


 その瞬間、僅かに蓮見の炎に力が戻る。

 巨人は取り巻く炎の勢いに狼狽し、咄嗟にその拳を振り上げた。振り上げた拳に炎が燃え移り、瞬く間にその腕は黒く変色し炭化して崩れ去る。巨人は声にならない悲鳴を上げ、消えた腕を抱えるようにうずくまった。

 ……神楽……?

 彼に触れた手から蓮見の声が神楽に流れ込む。意識を取り戻した蓮見は瞳を開けようとしたが、神楽に手で目を塞がれる。

 ……バカ、見るな。

 ……?

 水でも浴びたように服は透け、焼けたスカートは残りも僅かで、腿まですっかり露出していた。蓮見はわけがわからないまま言われるがまま見ることを諦めた。実際には体の感覚も鈍く、目を開けたとしても見えるかどうか怪しいものだった。

 ……ごめん、神楽……。

 ……?

 激しく渦巻く炎はさらに勢いを増していく。

 その中にはうずくまる巨人と倒れた少年を抱きかかえる少女。少女の体は僅かに光を帯びていく。

 ……神楽だけでも、逃げてほしかったんだけど。来てくれて、助かった……本当ごめん、格好悪いよな……

 ……バカ……。

 神楽の光は二人を包み、光は炎の中で繭となった。取り巻く炎は激しさを増し、炎もやがて光となった。

 ……格好いいよ、すごく……。

 炎が燃え尽きるように、その光もやがては静か消え失せた。光が消えた時、巨人の姿はどこにもなく。そして、二人の姿も何処かへと消え失せた。

 そして、すべての代わりに大人の拳ほど大きさの繭のようなものが一つを残されていた。  



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