第十二話……高橋と上村1
「そう言えば、鈴ちゃんも苦手なのよね。彼女独特じゃない?」
「そうね」
冴木鈴華は上村よりも先にこの研究所に保護されていた。上村が会った時には『ヒーリング』と山崎がつけた彼女の能力もすでに存在していた。
「そうね」
山崎はティーパックをカップに落とし、ポットからお湯を注ぐ。何度かティーパックを上下させるとそのまま飲み始める。
「どうでもいいけど、ティーパックはとってから飲んだら?」
「いいのよ、すぐに二杯目を飲むから」
どんどん濃くなるはずの紅茶をハイペースで飲み干し、半分くらいのところで彼
女はお湯を足す。
「彼女はまた別の意味で特別だから」
「それは確かね」
山崎の言葉に上村は同意する。彼女ほど、能力者という自分達と違う存在だとい
うことを感じさせる子はいない。
「そう言えば、これから用事だったんじゃない?」
「あと少ししたら行かないとなのよね。ついてないわ、せっかくの休みにさ。荷物
運びのお手伝いよ」
「荷物運びじゃないでしょう? 運搬の護衛でしょう? しかも副所長命令」
上村の言葉に山崎もあきれる。
「そうだけど、それで守衛団とかいる?」
この研究所には研究所を守る守衛団が存在する。研究所敷地内は自衛隊でも簡単
に関与することはできない。もしもの時の守衛団だが、今までに守衛団として、その戦闘力が機能したことはない。
もともと上村はその守衛団に配属されてこの研究所にやってきたのだが、今では、すっかり子供達の世話役のようになってしまっている。
「普段使わないから、ここぞとばかりに使おうっていう感じ?」
「あるものは使わないと、訓練ももったいないわ。それに所長が必要と判断したん
でしょう? 我慢していきなさいよ」
山崎の言葉に上村はまた肩を落とす。
「やれやれ、休みまで仕事よ、まったく」
「男はできそうもないわね」
「あんたもね」
上村は嫌味をこめて舌を出してみせた。
「失礼します」
モニターに顔が写る。この研究所では珍しい制服姿の女性だ。山崎は「どうぞ」と答えてドアロックを解除する。
「どうしたの大高三尉?」
切れ長の眼光鋭い目をした美形の大高と呼ばれた女性は上村の言葉に背筋を正し、緊張した面持ちで姿を現した。制服は彼女が守衛団の所属であることを表している。
「山崎博士、副所長がお呼びです」
「そう。ありがとう。今出るわ」
「はい」
大高ははっきりとした口調で答えると、敬礼をして部屋をあとにした。
「何も伝言で呼ぶ必要ある?」
「趣味じゃないかしら。副所長のね」
山崎はそう言って残っていた紅茶を飲み干し、席を立った。
「あとで外で会いましょう」
「ええ、そうね。私は風見君の様子見てから向かうわ」
それにしても、副所長の趣味? ふーん。
上村は冷めたコーヒーを流しにすてると、山崎と共に部屋をあとにした。
「あっ、上村さん」
「うん?」
山崎と共にいた第三研究室を出て、別れた所で白衣の男が上村に声をかけてきた。
「高橋君じゃん、どうしたの?」
「いえ、セカンドの事なんですがね」
高橋は上村の顔色を伺いながら、空がセカンドを是非とも譲り受けたいという申し出があったという話をした。
「へぇ」
高橋の予想に反して上村は笑みを浮かべている。
ふうん、あの子が猫姉妹をね。確か、セカンドと彼の妹は同じくらいの年齢だっけか。
「ま、まあ、そういうわけなので。ファーストとセカンドは風見君の部屋に移動しましたので……」
「報告ありがとう」
上村はウインクすると、彼に手を振って別れを告げる。上村の姿が見えなくなると、高橋は思わずホッと胸を撫でおろした。
今日の上村さん、機嫌がよかったのかな?
まあ、とにかくよかった。
全く問題ないはずはないが、上村がいいのであれば、もう自分の責任ではない。
これで自分の研究に集中できるというものだ。ファーストとセカンドがいなくなってからというもの、高橋の研究は順調に前進していた。
このまま行けば……。