第百三十六話……イージス4
夏美はおそるおそる彼に呼びかけた。
聖は夏美の顔も見ずに不敵に笑う。巨人は狂ったように掴まれていない側の腕を振り回して、聖を弾き飛ばす。聖は打たれるままに倒れると巨人はその場から離れようとして飛びのいた。
飛び退いた瞬間、何かに弾き返されるように聖の前に転がった。
……外傷は治しても、病気は治さない、だったな……。
さきほどよりもさらに威力が落ちている。外傷を回復させている事で、巨人自身の体力を消耗させているに違いなかった。
何発かもろに食らったが……こんなもんか、これならいける……!
「聖!」
「夏美、逃げろ」
聖は巨人と対峙したままますます輝きを増し、その輝きは『バリア』の膜をさらに強固に固く美しく変化させていく。
それそのものが光を放つ巨大なダイヤモンドのようにそこに異様に佇む。
「聖……!」
夏美はまた彼の名を呼んだ。彼はもう夏美の顔を見なかった。
光源を包むダイヤは、徐々にその形を変えていっていた。
そう、聖の作り出したガラスの膜は小さく小さくなることでその硬度を増し、今や最初の大きさの半分ほどしかない。巨人は滅茶苦茶にあばれ、聖やダイヤの壁に向かい何度も何度も鞭で叩き、突き、薙いだ。しかし、その壁を突破することはできない。
それは、発想の転換だった。
聖は能力を逆向きに使っているのだ。『バリア』の硬質な面を内側に向け、それで内壁を作り、巨人を閉じ込めたのだ。
ただ、欠点は『バリア』は聖自身を中心にしてしか展開できないという点だった。
「夏美、俺はこいつと行く。お前は逃げろ。他の奴らを頼んだ……」
このまま『バリア』を小さく縮小させていき、巨人と共に消滅する。それが、聖の最後の作戦だった。しかし、いざやるとなると恐怖が先行する。
聖の匂いで彼の意志を知った夏美は唇を噛み、彼の独り言のような呟きにキレた。
「なんで、なんでさっきから私の方を見ないのよ!」
夏美は小さくなっていく聖の『バリア』に触れるとそのまま手を押し込んだ。
外から見ると固い印象だったが、それそのものは案外柔らかく、厚みも小さくなりながら増して行ってはいるもののかなり薄い。
夏美は腕を入れ、足を入れ、体を進めた。そこは一度中に入ってしまえば、戻ることはできなかった。外へ出ようとすると、今度は『バリア』によって阻まれる。
「な、夏美!?」
「聖は私を事だけを見ていてよ、こんな奴と行く? そんなの絶対許さない!」
夏美は聖を正面から見つめ訴えると彼の胸を抱いた。
「一人で行くのは許さない……一緒に行く約束のはずでしょう?」
聖は俯いたまま夏美に言葉に頷き、それから彼女に向かい腕を振り上げる巨人を睨んだ。
「ちっ、夏美、しっかりついてこいよ……」
いつもの調子の聖の声に夏美は「さすが聖ね」囁いた。
光を放つ『バリア』は急速に収縮し、それに呼応して光が強く激しく部屋に溢れ、やがて抱き合う二人と悶え苦しむ一体を包み込んだ。
膨張した光が、静かに落ち着き、風にさらわれ小さくなっていく。やがてその光が何事もなかったかのようにその部屋から消失した。そして、その部屋には誰もいなくなった。
誰もいなくなったその部屋には、光を中に含む大人の拳ほど水晶のようなものが一つ、転がっていた。