第百三十話……真実の欠片2
彼女は扉のロックを解除すると暗室のようなその部屋へと入って行った。彼女が数歩足を進めるとどこからともなく照明が点る。
そこは以前田谷連れられて訪れたナイツの本部とほぼ同じ構造だった。部屋の形、円陣に並んだ十二枚の石碑のような黒いスクリーン。そのどれもがまるでそのまま移してきたかのように同じ構造だった。
彼女は足を進めながら、ちょうど保守派施設で田谷が破壊した六番目のスクリーンの奥に目を向けた。
あの奥に……こっちにも、同じように?
不破が思わず唾を飲みこんだ。
ここには今まで何度も来た事がある。
確かにあの部分は見た事ない。
「……」
不破はこの部屋に足を踏み入れた瞬間から、何か押さえつけられるような緊張感と視線を感じ、いつも萎縮してしまう。それが今回は特にひどい。
呼吸が浅く、まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだ。
「戻ったのか、不破……」
「は、はい……」
突然声をかけられ、不破は顔を上げた。
「戻ったという事は?」
「任務は?」
「遂行することはできたのか?」
「マリアを消すことには成功したのか?」
スクリーンが次々に点灯し、矢継ぎ早に質問が向けられる。その声に不破はますます身を固くする。
すると、言葉に詰まる彼女の前に田谷が立った。その事によって一同は静まり返る。
「マリア……そうですねぇ、おそらく彼女はいまだご存命、ですかね」
「誰だ?」
「お前は?」
「貴様は?」
「侵入者?」
再び騒ぎ始めたスクリーンに田谷は肩をすくめる。
「た、田谷!」
不破はすっかり冷たくなった手で田谷の腕を掴んだ。その掴んでいるその手にも力がうまく入っているか疑わしい。
不安に顔を歪める不破に田谷は人差し指を立てて、彼女の唇に当てる。
「ここはおまかせを……」
田谷は再び十二枚のスクリーンに向かい少し持ったぶったように間をとってからおもむろに「……あなた達を殺しにきました」と宣言した。
「……」
スクリーン達は静まり返った。そしてしばらくしてからバラバラとランプが狂ったように点灯を繰り返す。それは田谷を嘲笑するかのように。
「我々を?」
「殺す?」
「どうやって?」
「もしかして、その子を仲間に引き入れたのかい?」
「ここを知られた以上は」
「生かしておくわけにはいかないな」
嘲笑入りまじる声に田谷もまた微笑を受かべる。それから田谷はゆっくりと歩き出すとサークルの中心に立った。
「006」
「!?」
六番のスクリーンが叫んだ。
突然、不破の顔から表情が消え、力が抜けたように姿勢が崩れ落ちた。不破は淀みのない動きで自分の靴底に装着されていたナイフを抜き放った。
「……!」
「おお?」
不破は田谷へ向かい駆け出した。
その動きの瞬発力、腕が可動域スレスレまで振られ、筋肉がミシリと悲鳴を上げる。
その動きには痛みが伴っていたはずだが、不破の表情は変わらない。
人間離れしたその動きに田谷は慌てることもなく一撃目を避け、ニ撃目にはその腕を掴み捉えた。
動きは速く、力も強い。しかし、動きは荒く洗練されたものではない。戦いに関してはまるで素人だ。
「その表情も魅力的なんですけどね……」
膠着を許さず、不破は田谷の股間を蹴りあげようとした。ほぼ不意打ちのその攻撃を難なく防ぐと、田谷は彼女を抱き寄せボソリを何かを呟いた。
「!? 田谷? 痛っ、あれ? 体が?」
「おかえりなさい」
不破は驚いたて田谷から離れると、手にしていたナイフを見て慌てて投げ捨てた。
「何!?」
スクリーンがどよめいた。
「意識のコントロールと体のリミッターを外すように暗示をかけていたみたいですが、そんな事をすれば、彼女の体が持たないでしょう? 暗示は解除させてもらいましたよ」
「あ、暗示? 私が?」
驚く不破に、スクリーン達はその声に苦渋をにじませる。
「何故、解除コードを?」
「そんな事はどうでもいいでしょう? ただ、いつまでも彼女はあなた達のものではないということです。ねえ、松原所長?」
「……!?」
「えっ!?」