第百二十九話……真実の欠片1
二人を長い時間かけてその施設に到着した。
車から降りたのはスーツ姿の田谷と私服姿の不破睦だった。
「ちょっと、田谷、本当に行くの?」
「ええ。そのためにここに来たのですから」
不破の問いかけに、田谷は当然でしょう、と言った口調で返しながら、ホルダーに納めていた銃を取り出し弾倉を確認する。弾倉の中身は保守派を撃った特殊高速弾だ。
「一つ質問してもいい?」
「なんでしょう?」
不破の神妙な声色に田谷は手を休めずに彼女の方を一瞥した。
「ナイツ推進派も、あいつらみたいに昔は人間だったのかな?」
あいつらというのは水槽に浮かんだ脳達の事だ。不破はあの光景が脳裏に焼きつき、移動の最中も気分が悪くなった。
「昔は人間だった……そうですね、生に執着し、そして何かを得ようと貪欲になり手段を選ばない。ある意味彼らは今も人間だったと言えるでしょう」
そう言ってから田谷はくすくすと笑う。
「な、何がおかしい?」
「いえ、あんなものに怯えるなんて可愛らしいところもあるのだなと思って」
「怯えたわけじゃない。ただ、気持ちが悪いだけだ」
不破は口を尖らせた。
「まあ、あんな物を見せられたら……人間の内面を見せられたら誰だって気分は悪くなります。恐怖に思わない方がおかしいですからね」
「……」
田谷はあの断末魔の中で何を思ったのだろうか? 彼も恐怖を感じたのだろうか、顔色を変えない彼を見ながら彼女は思った。
「……私はナイツ幹部らに造られたんだ」
その言葉にも田谷は眉一つ動かさず、いつもと変わらぬ調子で淡々と応じる。
「自分を造った奴らがもしもあんな奴らだったら、しゃくに触る……ということですか?」
「ふん、まあな」
田谷の口ぶりは気に入らなかったが、思っていたことを言われ、彼女は顔を背けながらも頷いた。
「では、どんな姿をしているのか。確かめにいきましょうか。あなたのIDを使ってね」
「……ええ」
不破は自分のIDを取り出すと端末にスライドさせた。推進派の施設としてはずいぶん旧式なものを使っていると思わせられる。
「ついでに案内もお願いできますか?」
「仕方ないわね」
不破はため息をつくと久しぶりに自分の生まれた場所を歩いた。生まれた時の記憶を辿るが思い起こされる光景には不思議と懐かしさのようなものはない。
こういった感情も人間の感情なのだろうか? そう不思議に思う時がある。
保守派本部にも必要最低限の人間しかいなかったが、ここはさらに少ない。施設自体も古く、ここだけで機能しているようには到底思えない。
推進派本部とは名ばかりの施設だった。
不破は生まれたばかりの頃、ここで過ごした。幾人かの仲間がいたが、彼らがどこに行ったのかを彼女は知らなかった。
彼女は通り過ぎるわずかな職員に無表情で挨拶をしながら、立ち入りが禁止とされているフロアへと向かっていた。
その場所の存在は、この施設職員でも知るものは少なく、知っていたとしても立ち入りが許可されているのはほんの握りの人間しかいない。
「ここよ」
「素敵な扉ですね」
錆と腐食が目立つ重厚な金属の扉だった。
もちろん不破は何度もこの扉をくぐった事があるこの先は特別な空間だ。
こんな事をしていいのかしら?
不破はこの先が特別な空間であり、その神聖さ、威圧感、逆らえないような何とも言えない感じを知っていた。
その緊張感に口の中が乾いていく。
「行けますか?」
田谷の声が優しかった。
不破は充分に間をとってからいつも調子で言った。
「……ええ、もちろんよ。私は知りたくて来たのよ」