第十一話……山崎と上村2
「あーあ……」
上村はキャスター付きの椅子に馬乗りに座り、天井を仰ぎながら淹れたばかりのコーヒーをテーブルの上に置いた。
「どうしたの? ため息なんかついて」
山崎がカルテのようなものを書き込みながら、視線を資料との間で行き来させている。上村に対しての言葉も興味なさ気だったが、いつものことなので上村も気にしない。
山崎が研究に意識を向けている時には、例えここで銃撃戦が起きても気にしないだろう。まだ返事をしてくれるだけ、上村がこの部屋にいる事を認めているということである。
二人の関係は長い。研究所で会う前からの知り合いだ。
「また男? それとも仕事?」
山崎の言葉に上村は首を振る。山崎は見ていないが、上村はかまわない。
「彼らの事よ」
「いいじゃない、子供好きでしょ?」
山崎の手は止まらない。
内容は能力者の全員の身長体重などの変化やそれぞれに行われた実験の結果や特殊な計算方法によって導き出された潜在能力値などが、どこか異国の言葉で記されている。
残念なことに、上村がその内容をみても内容を理解するには至らない。
「そうでもないわ。特にあの子、風見君は苦手な方ね」
白い湯気が揺れるカップを持ち上げ、口をつける。空と出会った時の事、交渉、ここで迎えた時までの光景が蘇る。
ここに来た能力者の子供達は何らかの問題を抱えている子供が多い。
今のこの国は不安定だ。さまざまな事情があるのは仕方ない。けれど、ここに来れば色々なことが優遇される。最初は望んでここに来る子もいる。千堂などはそうだった。
しかし、空は違う。病を抱えた妹と母親の支えながら生活を送っていた。そのため、彼は家族から離れる事にかなりの抵抗があったのだ。
そこで上村は空に条件を出した。
空の妹の病気には高額な手術が必要だった。彼は妹の手術を費用のかわりにここに来たのである。しかし、それは同時にここにいるかぎり妹には会えない事を意味していた。
外界との連絡もとってはいけない事になっている以上、妹の容態を空が知ることはなく、またその事が空に影響を及ぼすことも考えられ伝えられる事も禁止されている。
「……あの子の目がね、痛い時があるっていうかさ」
「そう」
山崎の返事は簡潔だった。
「ところで、どうなの? 彼の力は?」
「そうね……潜在的には何かあるのは間違いないとは思うけど、どんなものがあるのか……それはまだ不明ね」
「そっか、待つしかないか……」
上村が嘆息すると、山崎も一段落ついたのか、頬杖をつく彼女の向かいに腰を下ろす。
「彼みたいなパターンは少ないから。何がきっかけとなって覚醒するかは今だに謎な部分が多いのよ」
「ええ」
ここに来る子供達はそのほとんどが覚醒した状態で連れてこられる。中には調査の結果それらしき人物を特定し連れてくる場合もあるが、その時は空のように未覚醒で来てもらうことになる。ただ、その場合、多くの場合は間違いや本人の虚言などであり、本物であったのはレアケースだ。
「今までの経験から言っても、間違いはないとは思うけど、それがいつになるのか、それはわからないわ」
「そっか」
覚醒していた者の中にはその力を使いスリや万引きなどをして生計を立てていた者などもいる。
事情はそれぞれなのだ。