第百二十話……聖舞う4
……?
城壁を思わせる見上げるほどの白壁、巨大な八脚門は侵入者を拒むように荘厳にそこに佇んでいた。彼女がその門扉に触れようとした瞬間、その扉は独りでに開いていった。
中には表情の無い面をつけた着物姿の子供が立っている。
君は……?
そう声に出そうとするよりも先に彼は夏美に背を向け、歩きはじめていた。夏美は慌てて彼の事を追った。
荒野に建つ城壁のような壁の内に広がる庭園には見渡す限り生命があふれていた。
百花香雲の道を進み、芳景に目を奪われる。
仮面の子に案内され、夏美は庭園の拵えられた一脚の豪奢な椅子を見た。
仮面の子はスッと手を伸ばし、彼女に椅子を薦めたが、玉座を思わせるその椅子が誰か特別な人のために設えられたものにものに思え、彼女は座る事を躊躇した。
けれど、夏美は意を決してそこに腰かけた。
「……」
仮面の子は静かに手を下し、また歩き出した。夏美はまた追おうとしたが、思いとどまった。
彼の向かう先が見えたからだ。
彼は舞台へと向かっていた。この椅子は舞台に向かい置かれていたのだ。夏美は舞台へと上がる仮面の子を見つめていた。
……?
どこからか音が聞こえる。
夏美は気が付いた。どこからともなく耳に触れる古音をまとい、仮面の子が舞うのだと。
すごい……。
伸びた背筋、途切れることなく研ぎ澄まされた集中が体の末端にまで行きわたり、一挙一動にまで隙もない。
風花舞う中、子の舞いは花となる。
ユラリと終わるのその舞に、夏美は息を飲み。それからただ夢中で拍手した。
……! あっ……!?
表情のない面はいつの間にか笑っていた。
世界の姿が変わる。
その瞬間、夏美は、この席が誰のためにあったのか、この庭園が一体なんなのかを理解した。この椅子がずっと待っていたのは夏美だった。
荒野を彩るこの庭園が神谷夏美だったのだ。
少年は舞台を降りるとゆっくり夏美に近づいた。一歩一歩進むごとに彼は成長し、ちょうど夏美の前までやってきた時、彼は今の聖となった。
……!
聖は夏美の顔を胸に優しく抱きしめた。
「……あっ」
玉響の時を経て、夏美は聖の胸で気が付いた。
「なんかわかったか?」
「えっ、あの……私、その……」
顔を上げると聖とまっすぐ視線がぶつかり思わず目を伏せる。
「……?」
「聖、私の事……?」
自分で言って顔が赤くなっていくのを感じる。
「……もっと、俺を……」
聖はそれ以上言わなかった。しかし、夏美にはあの聖の心の世界でわかっていた。
彼の中の自分の存在の大きさ。彼が自分に頼りにしてもらいたがっている事、必要としてもらいたがっている事、夏美が彼に思っていたのと同じように。
「でも、言ってくれれば……」
「言わなくてもわかるだろ? っていうか、言わせるなよ」
聖は呆れたように息をつく。それからもう一度夏美を抱きしめる。
「聖……?」
「休憩は終わりだ……少しキナ臭くなってきたみたいだからな」
気がつけば爆音が響いていた。
「……うん。ねえ、私も一緒に行っていい? 今度は失敗しないから」
「……ああ、早く終えて一緒に帰るぞ」
「うん!」
二人は再び、あのフロアへ向かうために駆けだした。