第百十八話……聖舞う2
聖は瞬息の間意識を失い、短い夢を見た。
それはまだ幼い日の事だった。
そこには聖の母親と幼い聖がいた。
聖の母親は躾に厳しい母親だった。母であり、舞踊の師匠でもある母親は、聖に父親がいなかったせいもあってか、彼の教育には特に熱心だった。
そのためか聖には母の笑った顔の記憶はほとんどない。記憶をたどれば叱責の言葉と鋭い声が耳元に貼りついている。
幼い聖はただ母親に認められたいという一心で日々を過ごしていたのだった。
母親に認められたと思う気持ちが何時しか、彼の渇きになった。スリルや喧嘩などの高揚感が一時的に彼の心を癒し、母親はそのたびに落胆を繰り返すという悪循環となった。
母親が聖を認めることは研究所に発見され、別れの時が来てもついになかった。
「……!」
夏美……?
聖はぼろ雑巾のように倒れた状態のまま遠くの方で夏美の声を聞いたような気がした。
夏美……。
母親同士が知り合いで、小さな頃から付き合いがあった。体が小さくいじめられる事の多かった小学生までは体格でも体力でも勝る夏美に守られていた。
やがて成長し、歳を重ね、身長も腕力も、体力も彼女を追い越したあとでも「聖には私がいないと……」が彼女の口癖だった。
ちっ……。
聖は心のどこかで舌打ちした。
夏美のそんな所が聖は気に入らなかった。
「聖!」
「……っ!?」
唐突に悲鳴にも似た夏美の声が耳に飛び込み、聖は意識を現実世界に引き戻された。
体の痛みが鮮明になっていく。
顔を上げると、夏美が捕まったまま必死に自分の名を呼んでいた。
あの声……耳障りだ……。
聖は自力で起き上がろうと体に力を込めたが、その行動は上から数人の隊員に抑え込まれることによって阻まれた。
「こいつ、まだ意識があるのか?」
「……目覚ましがやかましいからな」
そう言おうとしたがまだ口がうまく回らない。聖は隊員達に気づかれないように自分の体の感覚が戻ってくるのを待つしかなかった。
「……」
例え、それほど感覚が戻ってこなかったとしても腕を振り回せればそれでいい。先ほどと同じように拳に『バリア』を纏わせ、叩きつけられれば。
「そのへんでいいだろう。男の方は拘束して連行しろ」
「はっ!」
隊長の言葉に隊員達が聖の拘束にかかる。
その時だった。どこからか轟音が鳴り響きと同時に何かが落下したような震動が隊員達の注意を奪う。聖はその隙を逃さず動いた。隊員達の腕を振り切り、夏美のもとへ駆けだした。
「貴様!」
吉田は咄嗟に、それこそ条件反射のように銃を抜いた。それがあまりに咄嗟の事だったために、銃口を聖に向けてしまった。しまった!
「ガッ!?」
発砲した弾丸は聖の『バリア』によって遮断され、聖の拳が吉田を打ち抜いた。
「夏美、走れ!」
聖は夏美の手を引き通路の奥へと走っていった。
「っ……! 何をしている、追え!」
尻もちをついた吉田が半狂乱で声を上げる。
しかし、その声を叩き潰すかのようにそれは隊員達の前に突如として現れた。
全長三メートルほどの八面体のカプセルが三つ。半壊した天井から滑り落ちるように飛来したその物体は、荒れた床へと突き刺さる。
「な、なんだ、あれは……」