第百十四話……目的地2
「到着したのは俺達だけか……」
第六研究所の正面から少しばかり距離をとった所で塚本聖は呟いた。その横に寄り添うように神谷夏美が息を潜め、意識を集中させていた。
「結構警備の人間がいるみたい……」
人間、銃器類、燃料などの匂いを夏美の能力が察知する。
二人は電車の後部車両に逃げた後、その衝撃を聖の能力で防いだため、あの脱線事故のあとでも無傷だった。脱出時に関口の部隊が近づいてきていること察知した夏美の判断によりに二人はその場からいち早く離れていた。
同行していたメンバーの生存を信じながら、ここまでやってきたがついに宮沼や平田達と合流することはできなかった。
夏美は、宮沼や平田達が関口達に捕獲されたのかもしれないと考えていた。
聖の能力で二人は無傷だったが、他のメンバーはあの脱線の衝撃で動けなくなっていても不思議ではない。むしろ、守衛団に捕獲された方が命の保証はあるかもしれない、と。
「ああ……だが、思っていたよりも少ないな」
聖の率直な感想だった。
目で見てわかる範囲でもその数は少ない。まるで、どこか別の所に戦力を大幅に割いてしまったかのようだ。
「人は少ないみたいだけど……銃器類が多いみたい……」
この距離では夏美の能力を最大限に使っても入口付近にいる人間の情報しか得られない。
関係ないはずだが、時折風向きが変わった時のように匂いを感じやすくなる時がある。
その匂いの中には、人間よりも武器の匂いが多く感じる。
「問題ない」
夏美の言葉に聖はぶっきらぼうに言った。その言い方に夏美は不満げにふくれた。
「そういう言い方……」
電車から逃れ、二人っきりでここまでやってきたが、彼はずっとこの調子だった。
意見を言い合ったり、力を合わせたり、助け合ったりしたいと思う彼女とは裏腹に、聖はそれに応じようとはしない。
「……研究所を出発してからずいぶん時間が経っている」
脱線した所から特にトラブルもなく歩いてきたとはいえ、それでもかなり時間を費やしていた。聖は、てっきり自分達が最後に到着するものと思ってほどだ。
しかし、見渡すかぎり自分達以外に仲間の姿が見えない。その上、まだ研究所へは誰も潜入した形跡はないようだ。
もしかしたら、ここに来れたのは俺達だけって事か……。
おもむろに聖が立ち上がる。
「聖?」
「夏美、お前はここで待ってろ。ここから先は俺一人でいく」
「えっ!? ちょ、ちょっと、何言ってるのよ、待ってろってどういう事!?」
「言葉通りだ、俺が決着をつけてくる」
夏美はそう言った聖の手を摑まえようと手を伸ばしたが、彼はすでに走りだしていた。
聖……!
聖のあまりに唐突な決定に夏美は茫然とその姿を見送っていた。
ここまで一緒にやってきたのに……。やっぱり、私は足手まといだった?
空を掴んだ手を胸に抱き、夏美は胸が締めしめつけられる思いだった。
確かに、聖の能力ならば銃弾の雨の中を戦う事ができるかもしれない。
それに対して自分の能力はおよそ戦う事に向いている能力ではない。自分自身、どのようにその力を使えば役に立つことができるのか想像もつかない。
……でも、でも、そんな事関係ない。
「関係ない……よね」
夏美は自分に言い聞かせる。
聖と一緒に帰ると約束したのだ。
「また、無茶する気なんだよね……聖の事だから。だったら、私がそばにいてあげないと」
夏美は折れそうだった心に、理屈の仮面をかぶり、大人びた冷静さを装った。
自分だって能力者だ。
それに聖の事を一番理解しているのは、自分なのだから。
夏美は一つ深呼吸をすると、聖を追いかけはじめた。