第百十一話……戦場の乙女5
「お姉ちゃん!」
静香はその光景を弥生の光の外から見たのだった。
お姉ちゃん! お姉ちゃん!
「お姉ちゃん!」
静香は声に出し姉を呼んだ。心の中でも、力を使っても姉を呼んだ。しかし、麗奈は答えない。
姉の存在は感じている。生きている事も近くにいる事もわかっている。静香は唇を噛んで妖しげに発光する光のドームとそこに立つ光の柱を見つめた。
見たことがない現象、出会ったことのない光のはずなのに、どこか懐かしく、愛おしい。けれど、穏やかで淡い色を幾重にも織り交ぜたようなその光は、彼女をひどく不安にもさせた。静香は胸騒ぎを抑え込むように両手を胸の前で組みながら、何度か深呼吸をした。
姉はいる。ここに確実にいるはずだ。
意を決して静香は光の中へと立ち入った。
「!?」
その空間に入った瞬間、突風に吹きつけらて、思わず両腕で顔を覆った。
なに、ここ!? この感じ?
金色の帯のような風が、ランダムに何枚も何枚もかけられたカーテンのように視界を塞ぐ。その風と同時に誰ともわからない感情が流れ込んでくる。
流れ込んでくるだけでなく、それそのものが力をもったかのように気流のように渦巻いている。暴食、肉欲、強欲、、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬を纏う金色の帯は、静香の侵入を拒むようにさらに吹きつけた。
その風に当てられれば当てられるほど、心の中に気持ちの悪い感情が沸き起こった。
お姉ちゃん、どこ……?
姉の気配を辿り、風をかき分け進んでいく。
進めば進む程にその勢いは増し、目を開いているのも、息を一つするのも困難になり、静香は何度となく足を止めたくなった。
お姉ちゃん……。
あと少し……もう少し、だけ……。
「!?」
静香は玉響にその細い糸を見た。金色の帯に埋もれ隠れるその糸は、儚く虚ろに揺れるていた。まるで幻影のように。
……お姉ちゃん……?
静香は現実と幻想を行き来するの光の糸に手を伸ばした。
「……!」
お姉ちゃん……
気がつくと静香はそこにいた。
そこは血で汚れ、半身を失った麗奈の姿あった。麗奈の半身は光に消え、その目はうつろに虚空を見つめていた。
「どうしたの、こんな……」
金色の帯と激しい気流は姉の半身から発せられていた。その意識はすでになく、ただ力だけが彼女の体から溢れていた。
静香は無残に倒れた姉の体を抱くと、静かにうなずいた。
「ごめん、遅れちゃったみたい……」
その時、静香の体から溢れた光は麗奈と一つになった。
大高に要請され出撃した部隊のほとんどが行方不明となった。
特にその本隊の大部分が交戦したと思われる場所での損耗は特に激しく、人員、車両、その残骸すらも発見されなかった。
ナイツの研究機関は、もしその場所に何者かが存在した場合、目撃された巨大な光の柱により、消滅したであろうと結論づけた。生存者はなし、光の原因は不明。しかし、光はあの事件に酷似すると報告している。
またのちにそこを訪れた者は、不可思議な現象を体験するものが多く現れた。
その場所に二人以上の人間が立った場合、その人間達は心理的に強い結びつきを感じるのだという。しかし、それが何故起こるのかもまた、解明はされていない。




