第百十話……戦場の乙女4
光に包まれた戦場は戸惑いと混迷が渦巻いていた。弥生の発した空間は、そこにいた能力者以外の人間のすべての心の声を共有してしまった。
宗教や思想などと言った表面的な思考を突破し、人間的な感情がむき出しに他者に伝達しあう。この感覚になれない人間達は統率を失い戦いどころではなくなった。
むしろ、個人個人を確立するための個々の戦いが始まっていた。
彼らには、もはや弥生や麗奈の姿など映っていない。むしろ、能力者である彼女達の感情は彼らには流れて行かず、彼女達の存在は今や忘却の彼方にあった。
「弥生さん!」
「はぁはぁ……何だか知らないけど、みんな同士討ちを初めてくれたみたいね……」
弥生は苦渋に満ちた顔で膝をつく。高ぶる隊員達の感情が流れ込み、今まで以上に精神を消耗させていく。
この能力、弥生さんのもののはずだけど、弥生さん気が付いてない?
「大丈夫ですか!?」
「ええ……ふふっ、私達以外にも戦ってる子がいるのよ……負けられない……でしょ」
「えっ?」
弥生は虚ろな目を空に向けながら、この部隊からわかれた部隊の一角で戦う日倉の存在を感じとっていた。
あの子がね……。
「未来は変わらないなんて言ってたのに、未来を変えるために戦ってるなんてね……」
それにもう一方、信じがたいことだが、もう一人の少女がたった一人で部隊を引きつけている事もわかる。
その複雑な心に、それが誰なのか初めは判断がつかなかった。しかし、やがてそれが柏原である事を知った。
「このまま……なんとか……」
意識を失いかける弥生を支えながら、麗奈は周囲を見回した。このままどこかに隠れていれば、やがてこの部隊は自滅するに違いない。そう思った。
しかし、争いは意外な方向に傾き始めていた。バラバラに存在していた心の声はいつの間にか二極化の様相を呈していた。
表と裏、光と影、善と悪。いつの間にか当初の目的を失った男達の勢力は二分され、二つの勢力の争いとなっていた。
周囲を包む光はより一層色濃く大地を灯し、その中央で麗奈は弥生を抱いたまま叫んだ。
「弥生さん! 弥生さん! しっかりしてください!」
「……れ、な……」
眠るように意識を失った弥生に麗奈は困惑しながら声を掛け続けた。
明らかに普通の眠りとは違う。仮死状態とでもいうべきか。
大丈夫、大丈夫、死んだわけじゃない、弥生さんは生きている。
麗奈は弥生の体を抱きしめながら、心の中で何度も自分に言い聞かせた。
もし、弥生が死んでしまったのなら、この空間そのものがなくなってしまうはずだ。なくなるどころか、弥生から発せられる光はさらにさらに強くなっていく。
「……くっ」
眠る弥生が呼吸を繰り返すたびに光は大きくなり、その作用も強くなっていく。
彼女の眠りはまるで増大していく能力の作用から自分自身を守っているかのようだ。
隊員達の戦いは、光の増大と共に苛烈を極めた。やがてその戦局は一つになる。
人の悪意が善意を飲み込んだのだ。
そして、その意志は再び麗奈達に目をつけた。
「……っ!」
麗奈と弥生の前にそれは立ちふさがった。
戦う……しかない。
少なくとも眠る弥生を守ることが今の自分の使命だ。
「それ以上近づくな!」
暴食、肉欲、強欲、、憤怒、怠惰、、傲慢、嫉妬の入りまじる人の姿をした獣の感情が今は麗奈にも流れ込,み、その激しい渇きに戦慄する。
「……!」
獣たちは麗奈を奪い合うように彼女へと襲い掛かった。
「くっ!」
獣たちのその行為にはまるで意味はなく、守衛団の隊員としての目的意識など消し飛んでいる。
ある者は食欲を、ある者は肉欲を、能力者に対する侮蔑と嫉妬、怒り。各々がそれぞれに抱える欲求を満たすためだけに、麗奈をめぐって獣たちはまた争い始めた。
その返り血は麗奈を汚す。
「……!?」
……これが人間?
麗奈は心の中で何かがはじけた。
その瞬間、彼女の体を中心にいくつもの金色の帯のようなものが、蜘蛛の巣のように放射され、獣たちを貫いた。
……これが人間……これが人なのね……
獣と麗奈の意識は一つとなり、意識と意志は共有され、彼女は自分の中で何かが膨らんでいくような気がした。
「これ、私の能力だ……」
力は光となって外へとこぼれていく。
弥生の光の中で麗奈の光が生まれ、その光は天を貫いた。




