第九話……鬼崎弥生
「おい!」
「……」
「おいっ!」
「聞こえとるよ」
千堂はやれやれと空の方に顔を向ける。
「いないじゃないか」
「そりゃあ、見ればわかる」
居住区中央部には開けたドーム状の広場がある。ここを境にして女子と男子が分けられ、食堂や談話室などにも繋がっている。
ベンチなども用意はされているが、監視カメラも設置されている。
第一居住区が女子、第二が男子の区画になっている。夜七時以降になるとお互いの区画を行き来することを禁じられている。
第一の一番奥にある部屋が、目的の人物、冴木鈴華の部屋だ。
千堂は部屋をノックしたが冴木はいないようだった。
「まあ、しょうがない。いないんだから」
「じゃあ、帰るか」
「まあまあ、そんな時には……」
千堂は冴木の向かいの部屋をノックする。が、やはり返事はない。
「留守だろ?」
「いや、ここはいつもいるんや。弥生、入るぞ」
彼はそう断りながらドアを開ける。確かに鍵は掛かっていなかった。
部屋の中は色合いも少なく、家具も少ない。目につくのはベッドと本、そして揺れるロッキングチェアに座る少女。彼女の横顔に空はドキリとした。
なんだ、この感じ!?
見た目は十五歳ほどだが、落ち着いた印象が年齢よりも上に見せている。長い黒髪を二つに結んでいる。日に晒されたことがないかのように白い肌がより黒髪を印象的にさせているようだ。
弥生と呼ばれた少女は読んでいた本から目を上げると部屋に入る千堂と入口に立つ空を見た。
「空、それ以上弥生に近づくなよ。弥生の能力『リーディング』は人の心を読む能力なんだが、コントロールが効かん」
コントロールが? ということは、近づけば心を読まれてしまうということか。
「お前はいいのか?」
部屋の中に入っている千堂に空は首を傾げた。
「何かよう?」
鬼崎弥生はそう尋ねた。視線は千堂に向けられ、その瞳は澄み切っている。
精巧にできた人形のような美しさと冷たさが混在した瞳だった。
「冴木の居場所知らん?」
「美奈ちゃんと圭佑君が呼びに来ていたわ。おそらく中庭じゃないかしら」
「そうか、ありがとうさん。あと、あいつ風見空な、新入りやからよろしくな」
「ええ」
千堂が空を紹介すると、鬼崎は空に目をむけ、ペコリと頭を下げた。千堂は鬼崎に礼を言うとその場をあとにした。空は今のやりとりに疑問を覚えた。
彼女の能力は心を読むのではなかったのか。それなのに彼女は「何かよう?」と聞いたではないか、もし読んでいたのなら、そんな必要はないはずである。
千堂は中庭を目指しながら、空の疑問を察して口を開く。
「弥生と俺とは同じような能力やろ?」
「感情を色で見るのと心を読む、だな。確かに似ていると言えば似ているかもしれないけど……」
「そういう風に同じような能力ってのは、能力同士が打ち消しあって、あいつと俺との間では無力化してしまう」
千堂の説明に空はなんとなく頷いた。能力のない空にはいまいち実感のもてない感覚だった。
「まあ、似た系統ってだけで、能力的にはずっと俺の方が弱いんだけどな」