第百七話……戦場の乙女1
「来たわね……」
蓮見達と別れ、来た道を戻る弥生達は足を止めた。麗奈は弥生が足を止めたので止まったが、どうみてもまだ人影は見えない。
「弥生さん?」
「……私が先に出るわ、援護を頼める?」
「は、はい!」
姿はまだ見えていないが鬼崎弥生は力を広範囲に拡大し、大高が要請した部隊の存在を感じ取っていた。
鬼気迫るような彼女の姿に麗奈にも緊張が走る。研究所でわずかに交流があった麗奈だがこんなに積極的に自分の力を使う弥生を見たことはない。
「皐月みたいにうまくできればいいんだけどね……」
「皐月……? 日倉さん?」
麗奈はその言葉の意味がわからなかった。彼女は皐月にしか会った事がなかったのだ。
弥生は日倉の事を思い出しながら、どう戦えばいいのか思案していた。弥生自身は武道のようなものはしたことはない。その上、体力だって自信はない。
「合図するまで出てこないで、近くで潜んでいて」
「……は、はい」
麗奈は弥生の言う通り、物陰に隠れながら弥生の姿を見守った。間もなく、人影が見え始めた。その一団に向かい弥生は静かに歩き出した。
装甲車や小型戦車などを含めて十数台。隊員もかなりの数だ。
先頭を行く隊員が弥生に気がつくと、先頭車両が停まり、後続も次々に停車する。
……千堂と別れた所から幾つかに分かれて捜索しているのね……そいつらがここに来たら手に負えないわ……。
弥生は頭の中に流れ込んでくる隊員達の心の声に顔をしかめながら、情報を整理する。
「お前は実験体の……鬼崎弥生だな」
「ええ……」
隊長らしき人物が出てくると弥生にそう言った。隊長の横では隊員達がすでに銃口を向けている。
……どういう事? 私達が研究を襲ったことになっている?
隊長の知る研究所の壊滅の情報、犠牲になった研究者と隊員達の想いを背負っている。弥生達には何ら身に覚えのない話だが、それが彼らの警戒心と敵対心を強めている。
「こちらに来てもらおうか?」
「……」
どうやら交渉の余地はなさそうだ。
弥生は黙って隊長の方へと歩いて行った。女一人で現れた事に対してもう少し油断してくれると思っていたが、勝手が違った。
弥生はおとなしく隊長の前までやってくると、隊長はそばにいた隊員に彼女に見えないように顎で合図する。
「やめてくれる? 暴れる気はないわ」
隊員が拘束しよとした瞬間に彼女はぴしゃりと言った。その言葉に驚いたのか隊員と隊長は顔を見合わせた。
鬼崎弥生の名前は研究所でも有名だった。
最も強い『リーディング』の保持者として。しかし、その能力には少しの攻撃力はない。その能力を戦闘でいかすためには、ある程度以上の戦闘能力が必要になるからだ。無防備の、しかも素人の彼女に何ができるわけでもない。
もし、彼女を連行する上で問題があるとすれば、その能力により心の中を読まれて不快な思いをするぐらいだろう。
その範囲は彼女の視野の届く範囲まで、だったな……。隊長は資料にあったその文言だけを心の中で呟いた。
「……!」
弥生は突然身を翻すと隊長の背中側に回った。その瞬間、隊長が狙撃された。