第百四話……あいつらの行方4
「た、隊長!?」
「そ、そんな……そんなつもりじゃなかったのに……!?」
力が暴走した? 今までここまで力が作用することはなかったのに……!?
谷沢はライフルから銃弾を抜き去ろうと能力を使っただけだった。それが、そのまま男の命を奪うことになってしまった。
早鐘のように拍動を繰り返す自分の胸を押さえつけ、谷沢は自分の起こした現象から目をそむけた。
「貴様!」
「やめろ!」
三村に銃を向けていた二人が震えた手で谷沢に標的を変えた。その威嚇に谷沢は思わず叫んでいた。今まで何の問題もなく使いこなしてきた自分の能力が得たいの知れないものに変貌していっているという事に戸惑いを隠せないでいた。
敵意を向けられたら、意図せずにまた命を奪ってしまうかもしれない。
……えっ? 三村君?
「三村君!?」
「ウウウゥゥゥ、ウアアアアァァッ!」
三村の体から光が溢れる。光がこぼれ、咆哮する。その光は彼を包み、彼の姿を変え、三村の意志を失った獣じみた声に戦慄した。
『ッッッ!』
「!?」
三村であったそのものから発せられた音は衝撃波となり、天空に突き抜け、雲を割った。衝撃波はそばにいた傭兵二人の上半身を塵と化し、谷沢の体を木の葉のように弾き飛ばした。谷沢はたまたまあった壁に強かに体を打ち付ける事になった。
「み、三村君……」
今の……三村君の『ボイス』だ……。
悲しみと怒りが『ボイス』に乗りも嫌というほど心を揺さぶる。
体よりも心が軋む。谷沢は何とか立ち上がった。
これが能力? これが僕達の能力の本当の姿?
三村は体を縮め、さらに力が増幅していく。彼の姿を彼が割った雲の隙間からこぼれる月が照らす。
「三村君、もうやめて! 敵はもういない!」
谷沢の叫びにも少しも反応を示さない。
「このままじゃ……」
まずい事になる!
それが、どんな風な結果になるのか谷沢にも予想はつかなかったが、能力者としての彼の本能が危険な状態である事を知らせていた。
三村君……僕はどうすればいい?
三村の光はまるで光の繭だった。彼はその中で姿を変えていく。谷沢の知る三村の痕跡はすで僅かも残っていない。
肥大した体躯は三村の二回り以上にまであなり、獣じみた姿形は犬、猫、鳥、猿、そのどれとも違う。どれにも似ることはなく、それらの要素を含んでいる。
いや、もしかしたらそれは動物などではないのかもしれない。
人間という動物の殻を破ろうとする生物なのかもしれない。谷沢は変わりゆく三村の姿を前にただ言葉を失ったまま立ち尽くす。
三村君を止めないと……。
でなければ……彼が動きはじめれば、この辺はただでは済まない。放っておけば、多くの犠牲者を生むだろう。
「ガッ、ガアァァァッ!」
「!」
その獣を月光の吸い込んだかのような純白の獣毛に覆われたそれは、自ら光の繭を破り、地を裂くような唸り声を上げた。
その殺気を含む刃のような声に皮膚が裂かれたかのような寒気と緊張感が走る。
「み、三村君……」
谷沢はやっとその名を呼んだ。
憎悪を宿す獣の赤い瞳はその怒りの対象を探していた。母の形見であったフルートを傷つけたあの男の姿を。
しかし、その男達はすでに谷沢と三村の能力によってこの世には存在しない。
「ねえ、聞いてほしいんだ……」
その事を三村に伝えなければならない。
獣の瞳が谷沢を映す。もうここには谷沢と獣しかいない。
「三村君……」
「ガッ!」
憎しみの瞳は谷沢に襲いかかる。
「くっ!」
谷沢は反射的に構えようとした手を慌てて引っ込め、飛びかかってきた獣と入れ替わるように身をひるがえした。
まだ、三村は元に戻るかもしれない。
谷沢はそう信じて三村だった生き物に必死に呼びかけ続けた。希望があるとすれば、この獣が三村であったという事実のみ。それを信じ、谷沢は恐怖に飲み込まれないように自分を奮い立たせていた。
恐怖でコントロールのつかない自分の能力が発動してしまえば、またあの男と同じように体を外身と中身で分離させてしまうかもしれない。
「三村君!」
「オオォォォ……」
獣を大地に爪を喰い込ませると、両肩をスピーカーのように湾曲させ、不自然な空洞に変形させた。
「!?」
『ッッッ!』
谷沢は咄嗟に横に飛んだ。次の瞬間、今まで谷沢がいた所を衝撃波が通過した。その衝撃が衝突したガレキは円形に抉られ、抉られた部分は塵となって空へと消えた。
あれを受けたらと思うと、谷沢の背筋に冷たいものが走る。
しかし、あの衝撃波を連続で撃つことはできないようだ。撃つまでにも時間がかかる。
ふと、谷沢の視線が銀色に光る物体をとらえた。フルートだ。もう楽器としては機能する事はできないだろうが、それは三村が大事にしていた彼の母の形見だった。
三村君……。
あれほど、大事にしていたにも関わらず、今は見向きもしていない。そのフルートの命を完全に奪ったのは、誰でもない獣となった三村の一撃だった。
三村が大型猫科の動物を思わせるような動きで身を低く構え、牙を剥く。
谷沢はゆっくりと彼のフルートを手に取るともう一度だけ彼に問いかけた。
「……三村君、君はどう思う?」
「グウウウゥ……」
「僕達みたいな力を持つ人間が……、この世界に存在してもいいと思う? 僕達は……」
「!」
獣は谷沢の言葉が終わるのを待つ事無く、地を蹴り彼に飛びかかった。
谷沢はその攻撃を避けることなく、三村に押し倒された。ずぶり、と谷沢の胸に三村の鍛え抜かれた鋭利な刃物のような爪が、容易に皮膚を破り、泥と血が混じる。
「僕達は、本当は消えるべきなのかもしれないよ……」
彼は穏やかな口調で獣の体を抱きしめながら、その体に手を当てた。
「笛、返すよ、大事な物だったよね?」
獣は谷沢の首に牙を立てる。その白い牙が赤く染まる。その瞬間、三村の体は外身と中身を分離した。軽くなった獣の体が谷沢に覆いかぶさり、獣の背に分離した中身が落下するのだった。
「三村君、一緒に逃げようか……」
二人はもうその場から動けなかった。光を失った獣を抱きながら少年は眠りについた。
二人を月光が包んでいた。