第百三話……あいつらの行方3
「……」
これで、よかったのだろうか……?
後悔や不安が谷沢の胃を握り潰しているかのようだった。
ケンカになっても、どんな事を言っても、三村を止めるべきだったのだろうか……。
本当に、本当に……どうしようもなかったのだろうか?
一人になると、さっきまでの決意が嘘のように揺らいでくる。自分の意志の弱さを痛感してしまう。
頭の中で繰り返される三村の言葉に、谷沢の何度か彼を追いかけようかと脚を立たせようとした。
ダメだ! 今、そんな事、心配してちゃダメなんだ……。
今は追っ手から逃れることに集中しなければならない。三村の事に気をとられながら、追っ手への警戒を怠って見つかっては元も子もないないのだから。
三村は安全な場所へを目指して逃げたのだ、今は自分の方が危険な場所にいるのだから。
耳を澄ますんだ。どんな小さな音も気配も逃がさず感じ取れるようにしなきゃダメだ。
追っ手の車両の走る音、足音、装備の擦れる音、息遣い……少しでも先に察知できればできるほど有利になるのだから。
「……」
時間の経過と共に、闇が深くなっていく。雲からわずかに漏れる月は安心を与えてくれるほど光をこぼしてはくれない。
今、三村はこの闇の中を歩いているのだろうか?
谷沢は渡されていた携帯食料をかじりながら、ただ夜闇を見つめていた。
時間の経過がひどく重く感じる。
背中から迫るような三村との会話を必死で頭の片隅においやりながら横になる。
今日はもう動く事はないだろう。体を休めておかねばならない。
「……?」
うんっ?
音だ。
谷沢は周囲に意識を張り巡らし、音を探りながら身をゆっくりと起こした。自分の起こす音で風に紛れる音を聞き逃さないように。
金属音だった気がする。
金属同士がぶつかり合うような、甲高い音だった……。
距離は? 方向は? どこから聞こえてる?
「……!?」
次に耳に届いたその音に思わず谷沢は立ち上がった。
叫び声。悲鳴だ。
こんな場所でそんな声が聞こえるなんて、三村しかいない。
彼はほぼ本能的に三角屋根のマンション跡を飛び出していた。息を止め、視界を巡らし、音を探し、走り出した。
小さなガレキや隆起した道を飛び越し、全速力で音を辿る。
息が切れる、再び足が重くなり始めた時、光が見えた。守衛団の車両だ。
「三村君!」
「ううぅっ……」
隠れている事なんてできなかった。
現場にたどり着いた時、座り込んで涙を流す三村の姿に谷沢は冷静さを失っていた。
車両は一台、ライトを背にして守衛団隊員は三人が三村を囲み、銃を向けている。
……捜索している所を見つかったのか。
突然現れた谷沢に一瞬眉をひそめたその隊の隊長は、すぐに笑みを浮かべた。
手間が省けた。探し物が向こうからやってきた。そう、歪んだ口元が語っている。
谷沢が三村のそばに駆け寄ろうとする前に、その男は銃口を向けていた。
……くっ。
「俺達はツイてるな?」
隊長の男は二人の部下にそう呼びかける。
部下は三村に銃を構えたまま同意した。
最悪だ……。
谷沢は自分の軽率さを呪った。
彼らは守衛団の腕章をつけていた。つまり一時的に守衛団に所属しているよそ者だ。おそらく傭兵や用心棒の類だろう。
研究所の守衛団とは、実験体に対する意識が違う。
「……!?」
谷沢はうずくまる三村が抱えていたものに目を奪われた。
「三村君……」
「フルートが、母さんのフルートが……!」
涙声で漏らす三村の腕の中にはもはや楽器としては機能しないであろうほどに変形した笛の姿があった。
そんな……。
「……あんたらがやったのか?」
「ああ?」
谷沢の問いかけに男達はふざけ半分で、彼の問いにアゴで答える。
「あんたらがやったのかって聞いてるんだよ!」
谷沢は怒声を上げ、向けられた銃口を無視して男に向かって駆け出した。
「捕獲優先だったな!」
隊長はアサルトライフルを振り上げた。この距離で撃てば蜂の巣だ。一撃加えてやるだけで制圧できる。そう踏んだ。
「……おっ?」
男の視界がグラリと不安定になった。まるですべての支えを失ったように重力に引かれ、そのまま地面へと落下した。
それに遅れるように男は膝を地面につき、そのまま倒れた。
倒れた男は二つ別れていた。体と中身。
谷沢が男に触れた瞬間、彼の能力である『スルー』が発動したのだ。
中から外へ出す谷沢の『スルー』は見事に、男の体内から脳、眼球などを含むすべての内臓を体外へと分離してしまったのだった。
骨格と筋肉という支えを失った内臓はそのまま地面に落下し、その上に空っぽになった男の体がグシャリと堕ちた。