第百二話……あいつらの行方2
その眼は冗談や悪ふざけで言っているように思えない。三村は本気で訴えていた。
そんな事……。
確かにこのまま研究所を目指さずに全く別の方向に進路をとれば、もしかしたら見つからずに逃げ切れるかもしれない。少なくとも、このまま研究所を目指すよりも遥かに逃げ切れる確率は高くなるに違いない。
しかし、だとしたら……。
「じゃあ、生物兵器は、どうするの……?」
それがあるかぎり、谷沢も三村も狙われ続けることになる。
「そんなの誰かがやってくれるよ! 千堂さんや梶さん、星河さんもいるんだよ!」
「……」
確かに、今まで一緒に逃げていた梶や星河の他にも多くの仲間が第六研究所に向かっている。ここにいる二人が頑張らなくとも、誰かが到達してこの脱走の目的を果たしてくれるかもしれない。
しかし、誰かがやってくれるかもしれないと言って、それで自分達だけが逃げていい理由とはならない。三村の訴えとは裏腹に、谷沢にはそう思えてならなかった。
「君だって、死にたくないだろ?」
「それは、そうだけど……」
三村の言葉に急に胸がドキッとした。
死にたくはない……。
死にたいはずがない。
けれど、その選択肢は容易には選べない。
「……」
谷沢はできるかぎり思考を巡らせた。
三村を引き留める方法、三村と共に行く手段、考えれば考えるほど後悔や自責の念が研究所で過ごした仲間達の顔が浮かんできてしまう。
その仲間の顔が、答えを遠く離して行ってしまうようだ。
「……うん、わかった」
「本当!」
パッと三村が顔を明るくした。
「三村君だけが逃げて」
「……!?」
虚をつかれたように三村は目を点にする。その彼を見ながら谷沢は言葉を続けた。
「僕にはどうしたら生き残れるかわからないけど、でも、ここで逃げる事はやっぱりできない気がする。だから、ここからは僕一人で研究所を目指すことにする」
谷沢の提案はここで二手に分かれるというものだった。その提案に三村の顔から表情が消える。
「どうして?」
「どうしてもさ、僕はみんなを裏切れない」
「裏切る!? これは裏切りじゃないよ!」
裏切り、という言葉に三村は露骨に反応し、声を荒げた。
「ごめん、そういう意味で言ったんじゃ……」
「じゃあどういう意味だよ!?」
今にも掴みかかりそうな剣幕で立ち上がる。
「わかったよ……僕だけでいくよ!」
三村は谷沢を泣きそうな目で見下ろしながら、フルートを抱きかかえる。そして未だ疲れが残っているはずの足を引きづるように三角屋根になっているマンション跡から出て行った。