第八話……同居
「フッー!」
「まさか、この部屋で猫飼う気なんか?」
「飼うんじゃない。暮らすんだよ」
空の後ろで一生懸命猫のように威嚇するサヤを一瞥する。
物好きなことで、と嘆息する。
千堂の態度が気に入らないのか、サヤは空の背中に隠れ、ユキはベッドの下から出てこない。
まあ、やさしいってことかね?
千堂も彼女達の存在は知ってはいたが、面倒をみようとは思ったことはない。
どちらかと言えば、気持ちの悪い存在のように思えてしまう。
「まあ、ええわ。それよか、検査はどうだった? 山崎にあって急に覚醒とかしたか?」
「いや、まだ。特になにもないな。検査結果は「可能性あり」ってことらしいけど」
つまり、陽性。能力者であるということだ。もちろんだが、このままの覚醒しない場合もある。しかし、これで空はしばらくはここにいることが確定した。その事には少なからず安堵の息をついていた。
「そうか、なら覚醒したら祝ってやるからすぐに知らせな」
「祝いねぇ」
確かに、そんな能力が出たら、ここに居られる時間は長くなるのだろうが……。
長くなれば、家族への補助金も長く行くことになる。それは空の望む所でもある。
しかし、能力者になれば、それに伴う実験や測定などに参加しなければならなくなる、という話を空は千堂から聞いていた。
千堂も空いた時間は空の部屋に顔を出しているが、そうでないときには色々な実験に参加させられているらしい。
「まあ、覚醒しなくとも、覚醒させるために、色々やらせられるからな。もう少ししたら、始まるとは思うよ」
「い、色々って?」
「まあ、それはやってのお楽しみってことで」
千堂の哀れむような目に空はなんとなく察しがついた気がして、肩を落とした。
「まあ、それは仕方ないけど。ところ、その猫娘にもあるのか?」
「サヤ!」
「ああ、そうやったね猫娘」
訂正するために声を上げたサヤであったが、千堂に軽く流されふくっれ面で押し黙る。
「何が?」
「そりゃあ、能力さ」
「どうだろ?」
空に目を向けられ、サヤはにっこりと笑ってみせた。
理解はしていない感じだな……。
高橋はその件については何も言っていなかった。それに、むしろ彼女らは失敗している、とも言っていた。
ということは……?
ベッドの下に隠れているユキを覗き込むと「にゃあにゃあ」と彼女は何かを答えている。
「……うん」
ユキは空の言っていることが理解できるが、空はユキの言っていることは理解できない。
「……まあ、たぶんないと思う」
「今のが理解できたんなら、もう覚醒してると思うけどな」
「……」
空がため息をつく。
よく考えてみれば、空は能力というものがどんなものなのかよく理解していない。
実際に見たのは千堂の「カラー」ぐらいだが、超能力というほどのものでもない気がしてならなかった。
「と、もうこんな時間か。じゃあ、そろそろいこうか」
時計を確認して千堂が立ち上がる。
「って、どこか行くのか?」
てっきり暇で来ているのかと思っていたが、違ったのか。
空は千堂の言葉に表情もかえずに聞き返していた。
顔に表せなくとも、きっとカラーでわかってるんだろうな、迷惑色のブラウン、とか言うんじゃないかな? と勝手に想像した。
「俺達の一番古参の人間に挨拶にな」
そう言って千堂は親指を立てて意味もなく決めポーズをしてみせる。
一番の古参。つまり、この研究所で一番古い能力者ということになる。
「それって、お前のことじゃないのか?」
「そう思ったのなら、もっと敬意を払いなさい。俺は歳上なだけで、一番古いわけ
じゃないんだよ」
「そうなのか」
食堂にいた能力者の子供達の中で一番年上なのは、間違いなく千堂だっただ。
そのため、空は千堂が一番ここで先輩格なのかと思っていた。
「まあ、俺も古い方だけどな」
「でも、なんで会いに行かないといけないんだよ」
「そりゃあ、先輩には挨拶にいく。挨拶しておいて損はない」
「そういうものか?」
そうそう頷く彼に、空は少しばかり疑問と文句がこみ上げてくる。
「じゃあ、なんで今からなんだ?」
紹介するならば、今まででも時間はあっただろうに。
「まあ、お前が来る少し前から食堂にも来てなかったしな。それに、今日は休みだし」
「?」
確かにカレンダー通りに行けば休みということになっている。
とはいえ、研究所としてはデータ解析や報告書作成などで職員達は動いている。
この日は子供達を休ませるために設けられた日なのである。
そうは言っても、もう昼過ぎだ。
「朝からここにいて、何でこんな時間まで待ってたんだよ」
「あいつ、おそろしく低血圧でな」
「……」
「タイミングを間違えると恐ろしく機嫌が悪い。もうここにいる人間なら知らんもんはいないくらいに」
力を込める千堂に空はやれやれと息をつく。
「……もし昼寝してたら?」
「その前にいかんとな」
千堂は立ち上がると、ホテルマンのようなエスコートでドアを開け、空を促す。空は仕方なくそれに従った。
「サヤとユキは待ってるんだぞ」
「うん」
「にゃあ」
サヤとユキは元気よく返事をすると、ドアが二人が部屋を出ていき、ドアが閉められたあとも見送っていた。
留守番は慣れている。
高橋に管理されていた頃は、一ヶ月以上も扉が開くのを待っていたこともある。
そんな時は決まって二人一緒だった。檻に入れられている姉を出して遊んだりして過ごした。最近では付けられた鍵が複雑なものになり、開けることができなくなっていってはいたが。
「にぃ」
サヤがユキに笑顔を向ける。
「お姉ちゃん、遊ぼう!」
サヤは逃げようとするユキをいち早く捕まえると自分の胸に抱き寄せた。
「にゃあにゃあ!」
「もう、たまには遊ぼうよ」
嫌がるユキにサヤはさみしそうに呟いた。