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八  転章


 南海商会連合は保険組合から始まった。貿易におけるリスクを軽減するための、海上保険の組織だった。

 それが航海技術の進歩により交易世界が広がるにつれ、肥大化していった。


 より増す交易の補填が行えるように、より資金を。

 増大する海賊被害に対抗できるよう、より強力な独自武力を。


 いつしか商会は土地を持たぬ国家と言われるようになり、所属の武装商船は国家の艦隊と渡り合うまでになり、連合は七つの海を統べる海の覇者と呼ばれるようになった。


 組合を連合に変え、栄華の頂点を極めさせたのは連合盟主ガーナードの剛腕によるものだった。栄華を極めた盟主は、ある日行方不明になった。

 海に落ちたとも、暗殺されたとも言われているが、その真実は闇の中となっている。


 盟主を失った連合は二〇の商会による合議で運営されることなった。商会たちはお互いに競い合い、争い合い、ついには海から陸へとその食指を伸ばした。数々の国が連合の領土となった。

 「俺たちは大海を統べる商人。陸には手を出さない」

 そう明言していた盟主はすでにいなくなって久しい。


 揮国に攻め寄せたのは、二〇商会の一つに数えられるサナリス商会。

 商会頭のザナハーン自ら陣頭指揮を執り、揮国に侵攻した。

 ザナハーンは生まれてこの方、戦しかしてこなかった。商人といえるような業務をこなしたことは一度もない商会の頭。それがザナハーンである。

 神速の用兵を執り、補給が追い付かない進軍速度を誇っていた。そんな無理無謀な戦を無理矢理に勝利で収め、不敗を誇るという歪な方法で占領地を拡大させていた。

 ここまで無茶苦茶なやり方は商会でもサナリス商会のみだったが、連合自体が際限のない拡大路線におり、いつ破裂してもおかしくない風船のように膨れ上がっていたのもまた事実。

 そういった意味では連合の中で最も連合らしい商会であったのかもしれない。

 そのサナリス商会の長、ザナハーンはこの五年戦場に出ていない。


 「長かった」

 ザナハーンはこの五年貯めてきた念をその言葉に込めて解き放った。


 揮国侵攻時、最前線で切り込みながら全体の指揮を取るという無理無謀をいつも通りにこなしていたザナハーン。

 敵陣の一つに切り込み、その軍の将と思しき老人を斬った。

 次の瞬間、ザナハーンは老将の後ろから出てきた若い武将に片腕を切り落とされた。

 続く致命の斬撃をすさまじい超反応でかわし、()()()()()骨が削れるだけでしのいだ。

 決死の思いでザナハーンを抱き脱出を図る親衛隊たち。その背に矢継ぎ早に矢の雨が降り注いだ。

 指揮どころではなくなったザナハーンの軍。その後背を襲う揮国の軍勢。大将を救いにはせ参じる商会軍。

 結果として商会軍は摺り潰された。

 その後、ザナハーンを欠いたサナリス商会軍は決死の戦いぶりを披露するが、体制を立て直した揮国軍の悪魔的になまでに辛辣な反撃にあい、後退を余儀なくされる。

 一命を取り留めたザナハーンだったが、完治までこれほどの時間がかかった。

 これより反撃の時。ザナハーンは復讐を誓った。もはや前線には出れぬ体となったザナハーンであったが、時間は十分にあった。この五年の間に別の戦い方を学んだ。

 ()()()()()()を使って、揮国とあの将に雪辱を晴らす。

 あるいは、商会を名乗るのならば、そちらの方が本来の戦い方ではないだろうかとも思える。

 ザナハーンは北を睨む。その方角には揮国帝都が喧騒の中、佇んでいた。











 「本当なのか」

 にわかに信じられない報告を受け、帝都にある刑典庁の特別捜査本部にてスー・イーユー高級刑吏官は疑問を露わにした。

 相方であるシン・シーファ高級刑吏官からの報告。ホウ家の五女ホウ・キュシンから聞いてきた、その父の隠していた秘密。


 ホウ家とファン家の血を引く若者に、その両家のすべてを継がせる。その約束事で生まれてきたはずのロン・ホウ・ティーエンが、母方のファン家の血を引いていないという。

 ファン家にとっては許しがたい裏切りであり、裏切りの張本人であるホウ・ターホゥ殺害に至ってもおかしくない事態と言えよう。


 「本当なのか?」

 だが、そう簡単に信じていいような事柄でもない。イーユーは再度疑問を放った。

 「それがですね……」


 シーファがホウ・キュシンから聞いた話によると、父の後を付けていたキュシンは、父がこのネタで脅迫され、脅迫者に金を渡している場面を目撃したというのだ。


 とりあえずイーユーは上司のチャン刑吏司に報告することにした。龍帥に関する点は上に挙げることになっている。

 上気した顔を隠せないシーファに、イーユーは予想されるこれからの展開を思い、すでにどう収めたものかと頭を悩ませていた。



 イーユーの懸念通り、この件に関しては上が調査するので、イーユーたちはそれ以上踏み込むこと相成らぬとの沙汰が下った。

 脅迫者に関しても、こちらで処理するのと通達だ。


 そして、シーファはやはり納得いかないようだった。



 「じゃあ、一つ推理してみるか」

 イーユーは納得のいかない相方をいさめる意味も込めて、これまでの状況を整理し考えをまとめる作業を促した。



 まず、龍帥を犯人と仮定した場合。


 動機は何だ。シーファは戦場に送られた恨みとしていたが……。

 「それは、少し厳しいのではないかの」

 イーユーたちの所属する第参局でも最古参のチョー高級刑吏官も検討に参加してきた。

 「龍帥ほどの立場にあれば、引退した前当主なぞいくらでも合法的に葬れるじゃろ」

 引退した身なら帝都を離れ、僻地にて保養せよ、などと理由を付けて、実質は流刑監禁の身に追いやる。過酷な旅路を強制させる流刑。さらに流刑先の都とは違う過酷な環境に身を置かせる。しだいに弱ってゆき、いつかは衰弱して死亡する。直接死刑にはできない相手を実質死刑にする手段として古より行われてきた手管だ。

 人の業を垣間見るようだな、とイーユーは自虐する。

 ホウ家ファン家共に擁護する人間の少なそうだった被害者をそんな状況に追い込むのは、それほど難しくないだろう。


 「では龍帥の件は置いておいて、次に、ファン家の人間の犯行と仮定してみよう。動機は?」

 「やはり、長年の恨みもありますし……」

 「二十数年前に決まったことだ。それがなぜ今更になって?」

 「そこで例の件ですよ。龍帥閣下がファン家の血を継いでいない。その事実が最近知って、今までの怒りが爆発した」

 「ふむ、ワシがファン家の者なら、もっと穏やかにことを修めるがの」

 「穏やか……ですか?」

 「うむ」


 ロン・ホウ・ティーエンがファン家の血を継いでいない。だが、ファン家とホウ家の血を両方継いでいる者なら他にいる。後妻の子、ホウ・ツォランである。なら、将来ティーエンの子とツォランの子を結婚でもさせれば、その次の代からファン家とホウ家両方の血を継ぐ人間が両家の統領になる。約束した形に戻ることになる。

 今いざこざを起こして、龍帥の地位やロン・ホウ家を失う危険を招くより、穏やかに本来あるべき姿に戻す。なにしろ龍帥だ。ファン家ホウ家両家を足したよりも、ロン・ホウ家単独で築いたものの方が大きい。ならば、そこに両家の血を継いだ統領を立てるようにするのが一族としての最適解。


 「それが賢いやり方だと、チョー翁は言われるのですな。……ですが、そうは考えない者もいるでしょう」

 「そうじゃのう、その線もないとは言えんのう」

 イーユーの反論をチョーは素直に認めた。

 「そいつは保留にしときましょう」

 「でも、時が経てば情も沸いてくるものっすよ。ホウ家とファン家が仲が悪かったっていっても、いつまでもそうとは限らないんじゃないすか」

 三人の検討会に、他の刑吏官たちも交じってきた。貴族出身のウー高級刑吏官。情に厚く、厚すぎて思考がそちらに傾きがちだ。

 「もう二十年以経ってるんすよ。昔の恨みなんて知らない世代も増えてるでしょうし、もう過去の恨みなんて忘れて仲良くやってるんじゃないすかね」

 「ですが、調べた限りでは……」

 「調べたと言っても、事件の関係者だけだ。一族の内では一部にすぎないだろ」

 ウーの楽観的感情論に反論するシーファ。それを諫めるイーユーはあくまで客観的中立性を保って話を回していこうと努めている。

 「それはそうですけど……」

 「じゃあ、それも置いといて……、次はホウ家の人間。まずその中でも本宅の人間の動機はどうだ」

 いつの間にかイーユーは司会担当のような立ち位置になっていた。

 ウー高級刑吏官の参加を切っ掛けに、他の刑吏たちもどんどん会話にはいってくるようになった。さながら第参局総出の討論会だ。

 「家令のファン・ヘイダンは? 他のファン家の人間と同じ扱いでいいか?」

 「娘の中に容疑者がいるって話がなかったか」

 「ガー高級刑吏官の調べでは、そういう感情は父親より姉妹同士に向いているって聞きましたけど」

 「使用人の中には? 未亡人は?」

 「確か三女の母親の父親がえらく複雑な立場になかったか? その辺はどうなってる」

 「四女、五女あたりは父親を恨んでる線もあるって聞いたが」

 「女関係は途切れてるんだっけ」

 「いや、怪しい点もあるぞ」

 「それで夫人が、って線はどうだ」

 「次女母娘はホウ家というより、ファン家の人間として扱うべきか?」


 「議題は尽きない所だが……」

 いつの間にか会話の中心はイーユーたちから離れていた。

 討論の渦を背にイーユーとシーファは二人で話す。最初にイーユーが意図した形に戻ったとも言える。

 「龍帥の件、脅迫者の件。現時点ではどちらも捜査に関係あるか怪しいとして通されるだろうな。確証でも得ない限り、ホウ・ターホゥ殺人事件の捜査として認められはしないぞ」

 「…………」

 シーファは納得には程遠い顔をしていた。


 次の日、出勤したイーユーはシーファが単独捜査に入ったと聞かされた。

 「ったく……あいつは」

 実家の力をフル活用してまで、エゴを通したと上司から聞かされた。

 「そういう訳だ。お前も単独でやるか……、空いてるのは……ウーか。ウー高級刑吏官と組んで捜査するか。どっちかだな。どうする」

 イーユーはしばし考えたが、単独での捜査を選んだ。少し一人でやってみたいこともあったし、新しい相棒を迎えるのは、シーファの居場所を奪うようで気が進まなかったのだ。


 イーユーの調べたいこととは被害者の子供のことだ。

 長男のティーエンを除き、娘ばかり。

 子供は天からの授かりもの、性別が偏っていたとしても、そういうこともあるだろう。あるだろうが、はたしてそれだけか。女児ばかりなのではなく、女児しか引き取っていないのでは。そんな疑いをイーユーは抱いた。


 女児と違い、男児は継承争いの元になる。シーファの調べてきた情報通りに、ティーエンがファン家の血を引いていないとすればなおさらだ。男児をホウ家の子として引き取るのは、ファン家が強烈に反対するだろう。

 だから、女子ばかりしかいない。

 もしかすると、正妻以外の相手に男子が生まれた場合、家から追い出されるか、………始末されているか。


 それはともかく、被害者には認知されていない落胤がいる可能性は十分にある。

 それに殺害された時の状況。使用人たちを遠ざけ、()()と会う予定だった。

 会っていたのは秘密にされている息子。

 そして、認知された息子とのあまりの立場の違いに、認知しない父への憎しみが膨れ犯行に及んだ。


 探ってみる価値があるのではないか。


 そこまで考えたイーユーの脳内に、雷鳴のごとく閃くものがあった。

 本人にとってはあまり閃きたくない考えだった。


 シーファ。

 シン・シーファ。

 シン家の養子。

 シン家に来る前は去る貴族の落胤だった。


 いや、まさかな。


 龍帥ロン・ホウ・ティーエンに見せた、異常な執着。

 イーユーにその理由は話したが、それが本当の理由でなかったのなら……。

 ほとんど会ったばかりだったあの時。あの時の関係性でシーファがイーユーに本当に真実を語ってくれるだろうか。それほどの関係性が築けていただろうか。


 妹たち。ティーエンの妹たちへの態度。シーファの彼女たちへの態度はどうだった。

 さりげなく、妹たちへは好意のある接し方ではなかったか。それは妹だから?

 思い返してみるも、意識して注意していた点ではなかったので、はっきりと思い出せない。

 特別に気を使っていたような、そうでもなかったような。


 イーユーたちが見ていない間に五女と急速に中を深めた。

 見てていない間に何を話した?

 かつては境遇から共感を覚えたのかと推測したが、それでないとすれば。

 肉親に対する特別な親身さを見せ、相手がそれにほだされたのだとすれば。


 だとすると、仮定が正しいとすると、実の父へはどう思う? どう接する? ()()()()


 下らん悩みだ。


 イーユーは自分の悩みを一喝して退けた。


 悩まずに、調()()()


 自分は捜査官だ。

 悩むぐらいなら調べてはっきりさせる。


 イーユーは自らの机から立ち上がり、捜査に向かった。



 まず、シーファのこれまでの捜査態度。

 以前イーユーが所属していた部署の人員を捕まえて聞いてみる。

 確かに、物事に執着するきらいはあったが、そこまで激しいものではなかったとの証言を得た。


 続いて上司に掛け合い、シーファの経歴を調べる。初めは渋った上司だったが、粘りの交渉でなんとか譲歩を引き出した。

 「まあ、いいだろう。相棒がこんな状態なわけだからな。相棒のことを知りたくなるのも無理ない。だが、それに意味はあるんだろうな」

 「ない、と言ったら、見せてはもらえませんかね?」

 「まったく、昔みたいな顔になってきおって。あの頃、どれだけ周りに迷惑をかけたか覚えておるんだろうな」

 「すみません……実はあんまり」

 「カッ! まったく……まあ、儂は以前のお前もあんまり嫌いじゃなかったがな」


 記録によると、シーファが引き取られる前の家は、ホウ家ではなかった。リー家の三男が遺伝子上の父親となっている。

 しかし、書類上の記録と実際の事実はまた別の話。

 イーユーは今までそんな事例に何度もぶつかってきた。

 本当にこの記録が正しいのか。偽造されたもはでないのか。偽りの申告通りに記述されただけのものではないのか。

 イーユーは念を入れて調べておくことにした。


 そんなことをしていても通常業務はなくならない。

 ある程度の独自行動は許されているが、何しろ拙速を求められている事件なのだ。

 上から振られてくる仕事の合間を見て、イーユーは執拗に調査を行った。



 結果、やはり違う。

 記録上の記述通り、シーファはリー家の血を引いているようだ。

 自分の疑惑とは違う。

 イーユーは晴れ晴れとした気分で自分の推論が外れたことを喜び、その日は気分よく晩酌を楽しんで眠った。


 あくる日、イーユーはすっきりした気分で職場に出勤した。

 そこで彼は聞かされる。



 シン・シーファ高級刑吏官が死体で発見されたという報告を。


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