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七  下町~刑典庁  混迷


 南洋商会連合の名を持つ海洋国家が揮国の南端より攻め寄せてわずか三月。揮国を南北に分断する長河を境に、南はすべて連合の占領下にあった。


 それに対し揮国より迎撃の軍が放たれる。陸軍が二十万を号し、海軍も河を下る。


 そのうち、ホウ家が一万を。

 ファン家は六千の兵を動員した。


 その両家合同軍一万六千を率いるは、この戦の前に将軍職を下賜されたばかりの若造。

 ホウ家当主ホウ・ティーエン。

 武門の家柄、若いながらもこれが初陣と言う訳ではないが、こんな規模の軍勢を率いた経験などない。

 騎乗姿は様になっているが、周りはこんな若造に自らの命を預けるのは不安しかないという目で見ている。


 「ティーエ……、若。そろそろ長河が見えてくるころですぞ」

 戦地へ向け進軍中のその若造に声を掛けるのは、無骨な老武将。

 ファン・ウィーゼン。

 ティーエンとは大叔父の関係に当たり、ファン家六千の指揮官。合同軍一万六千の副将であもある。北の騎馬民族相手に豊富な戦歴を誇る歴戦の将だ。


 ウィーゼンは普段通りの名前呼びしそうになり、言い換えているが、厳密にはそれも正しくない。

 つい最近ではあるがティーエンはホウ家当主を継いだ身。ウィーゼンは主君に対する呼称を行うべ。

 だが、ティーエンはあえてそれを訂正しない。


 人は公平であることを望む。

 天より与えられた才能の合計が、すべての人で同量。それが正しい。

 実際にはそんなことはあり得ないのだが、そう思いたがる。


 ティーエンは美丈夫である。

 ならば、彼の才能は外見に偏っており、他の才能は著しく低い。そうであって欲しい。そうあるべきだ。

 だが、そんな人間を指揮官に抱いては、自分たちの命が危うい。そうであっては困る

 そんな矛盾した思いを抱く。

 そんな思いは兵士たちに限らず、幹部級の配下の者たちからも感じられた。


 ――で、あれば、経験風貌共に豊かな副将が若い大将を侮っている。若い大将はそれに唯々諾々としたがっている。副将が主導権を握っている。それならまだ安心。

 そう見える方が士気が高まるのであれば、そうすべきだ。

 よって、ティーエンはウィーゼンの呼称を正さない。

 実際、一万六千の指揮は実質ウィーゼンが執ることになっている。



 この若者の命だけは守らねば。


 老将ウィーゼンはそう固く心に誓っていた。

 彼――ティーエンこそはホウ家とファン家の希望なのだ。

 ティーエンの命だけは無事に都まで送り届けること。それが自分の最後の役目であるとウィーゼンは心得ていた。

 この戦はおそらく負ける。だが、どれだけの犠牲を払ってもティーエンの命だけは守って見せる。


 そう、どれだけ――、どれだけ……。

 しかし、その心は揺れる。

 どれだけの犠牲を払うのか。ホウ家やファン家どころか揮国自体の存亡の危機ではないかのか。国が無くなってしまうのでは、ティーエンだけを生かして意味が無いのではないか。

 そんな葛藤が老人を襲う。


 ………………………………………………それにつけてもターホゥ。あいつが当主の座を譲らなければこんなことで悩むこともなかっただろうに。

 奴が戦場に出て死んでくれても、困る人間などいないのだ。引退を遅らせても、奴こそがこの戦場に出てくればこれほど悩むこともなかったのに。


 ウィーゼンは不安の矛先をティーエンの父に逸らした。



 揺れている。

 ティーエンは大叔父を見て、そう感じていた。

 堅実で隙のない用兵をするウィーゼンだが、奇策に対しては対処が遅れがちとの評がされている。

 では、相手が悪い。

 敵は()()()()

 南海商会連合は現状戦線が膨れ上がり、戦略上破綻しているにも関わらず、強さでそれを覆して勝ち進んでいる。ウィーゼンとは相性が悪い。

 いや、それ以前に敵が強くて脆くとも、味方はそれ以上に()()()()

 故に、対抗策としては――


 ティーエンは思考を止め、一笑に付した。

 机上の空論だな。


 全軍どころか一軍の指揮権もない。あるはずなのにない。あっても兵士たちが命令に従うか怪しい。そんな身の上のティーエンが考えることでもない。

 ティーエンは益体もない思考を振り払い、真面目に自分に与えられた役割を全うしようとする。


 彼は望まれた通り、お飾りの神輿に徹するつもりだった。ウィーゼンが戦死でもしない限り、それは変わらないだろう。



 ……それにしても、


 お飾りの神輿としての外聞を全うしながら、ティーエンは考える。

 お飾りらしく、戦場のことではなく、全く別のことを。


 ファン家の男たちは父ターホゥを嫌っている。例外なく、と言っていいくらいの勢いで。

 それなのに、ターホゥに直接苦情や文句をつける者はいないの。

 ティーエンの父親だからと慮っているわけでもなさそうだ。

 今回のこと――参陣直前の引退に関しても、父を忌々しく思っていはいても、直接的に異議申し立てをした者はいなかった。

 それがティーエンには不思議だった。


 彼らは父を嫌っている。だが、父にどこか遠慮がある。

 どういうことだろう。


 その理由をティーエンは知っていた。

 知っていて理解していなかった。

 知ってはいても、それが父に遠慮する理由になるとは思っていなかったのだ。



 ティーエンの才は、やはりどこか歪で偏ったものがあった。



 それが公平かは、また別の話である。










 ようやく捜査方針が固まった。


 捜査方針は大きく分けて二つ。

 ロン・ホウ・ティーエンが狙いか、ホウ・ターホゥが狙いか。

 上層部がどちらを重要視しているのかは言うまでもない。


 龍帥ロン・ホウ・ティーエンが標的の場合。

 冤罪を着せる。スキャンダルで評判を落とすなどを目的とした犯行と思われる。


 その場合、主犯はどこか。

 他国による工作か。

 武官の勢力を弱めようとする文官の陰謀か。

 自分の地位を追い抜かれた武官の権力争いか。

 それともそれ以外の何物かか。


 これに当たるのは刑典庁ですらなく、所属すら伏せられた諜報部門がこれに当たることとなる。

 イーユーたちにはこちらの件での捜査すら禁じられることになる。


 イーユーたちが捜査するのは――できるのは、ホウ・ターホゥ個人を狙った犯行であった場合のみ。


 上司から命じられ、スー・イーユー高級刑吏官とシン・シーファ高級刑吏官の二人はそのままコンビを組んだまま活動することになった。

 ホウ・ターホゥの個人的な使用人からターホゥの個人的な交流関係を聞き出し、その調査に出る。


 ターホゥはよく身分を隠し下町に行っていた。

 そこで何をしていたのか。


 「奉仕活動……ですか?」

 シーファは困惑気味であった。

 「そうらしいぞ」

 ターホゥは縁のある下町の貧民に生活援助を行っているという。

 それだけ見れば、立派な慈善活動だが。

 「あれですか、実際には援助する見返りに……とか、そういう」

 「さあな、使用人はそう言った活動ではないと主張していたが……」

 「なんです?」

 歯切れの悪いイーユーの言葉にシーファは尋ねる。

 「なんでも、援助している対象は全員が女性で、男性は一人もいないそうだ。

 ……どう思うよ」

 「……それは、……なんとも」

 シーファも歯切れが悪くなった。

 「でも実際どうなんでしょうね。先入観抜きで考えると」

 それを調べに行くのが彼らの仕事である。



 そして、下町。

 「よりにもよって、刑吏を襲ってくるとかな」

 「くそっ、刑吏のくせに」


 調べ回ること半時ほどで、素行の良くないやくざ者たちに襲われた。だが、二人だけで問題なく返り討ちにしていた。やくざ者たちはあっという間に拘束され、遠吠えを挙げるだけの存在になってしまっていた。

 そのまま巡回の刑吏を呼び、引き渡す。


 「最初から巡回吏たちに案内を乞えばよかったですかね」

 「巡回吏たちも忙しいからと、遠慮したの失敗だったか。かえって仕事を増やしちまった。そえにしてもシーファ、なかなかやるな。お前のそれは逮捕術ってやつか」

 イーユーはシーファが見せたシン家仕立てと思われる手管に感心する。

 「先輩こそ、どこで覚えたんです」

 イーユーの現場で体得した捕物術に、シーファは素直な賞賛の顔を見せる。


 二人は三倍にもなるやくざ者を手早く無傷で制圧していた。


 「やっぱりシン家だと子供のころからそういう技術を教えられるのか」

 「いえ…………、僕は養子なので、引き取られてから学んだ技術です。十四、五からですね」

 何気なく尋ねた質問だったが、返答には少なからぬ衝撃があった。


 「………養子が多いとは聞いてたが」

 「……ええ、もともとはさる貴族の庶子なんです」

 それが資質を見せ、シン家に引き取られる。

 親の貴族は厄介払いができる。シン家は自家戦力を増やせる。どちらにも益のある取引・・である。

 普段はシン家を嫌っている貴族だが、こういった時には遠慮なくシン家を活用する。


 実に()()()()()な。

 イーユーは心の中で吐き捨てた。


 「母ももう死んじゃってるので、あの家には何の未練もなかったですしね。……それに刑吏になれましたし。()()()が何か犯罪を仕出かしたら、僕の手で捕まえてやりますよ。それが楽しみです」

 「……そうか。……だとすると、ホウ家に調べに行った時は思うところあったんじゃないのか」

 「ハハ、ええ、まあ、そんなでも……」


 あの時はそれほど自重しているように思えなかったが、龍帥府後の説教が思ったより効いていたのか、とイーユーはシーファを見直す。

 ホウ家の五女ホウ・キュシンと急速に意気投合していたのも、お互い境遇に相通ずるものがあったからなのかもしれない。


 「そういや、被害者の後を付けてた娘さんからは話が聞けたのか?」

 ホウ家五女ホウ・キュシンはシーファにだけ話したい秘密があると語っていたと、イーユーは聞いている。

 「いえ、まだ。なかなか時間が合わなくて。とりあえず文でやり取りする約束は付けているので、それで日取りを決めようかと」

 「文通かよ」





 その娘はかつては身分のある貴族の子女だったという。

 イーユーはなんかよくそんな奴に会うな、と思った。


 そのシァ・クオンという娘は、強い眼差しで刑吏たちを見据えた。

 五年前の戦役に父が出征し死亡。家は没落し、零落した身を晒している。

 そこを、ホウ・ターホゥが援助し支援していたという。


 「言っておきますが、下世話な関係はありませんでした。はっきり言っておきます」

 クオンはイーユーたちを制するかのように宣言した。


 「ふむ、……そうなのですか」

 まず、肯定して見せてそれから話を引き出そうとするイーユー。

 「えっと……でもですね。支援だけでなく直接会っていたと聞いています。支援だけならそう何度も対面する理由はないのでは」

 シーファにはそんな手管はなく、正直な反応を晒してしまう。

 「刑吏さまのお疑いはもっともです。私自身も()()()()()()()

 クオンはそんな刑吏たちに、力強く疑惑を口にした。



 その中年の貴族は素性を隠して接触してきた。その男は見返りもなしでこちらを援助すると言ってきた。

 あやしい。露骨に怪しい。


 だが、クオンは援助の申し出を受けることにした。


 まだ、ほんの少女の時分に実家は没落し、親戚縁者は潮よりも無機質に引いて行った。

 婚約者なんてものもいたが、彼は無機質ではなく忌々し気に去っていった。

 「あの恥知らずが決めたことだろう」

 父の決めた婚約者だった。


 クオンの父は戦場に出て、戦いもせず死んだ。

 伝え聞くところによれば、あの戦いでは全二十万の軍のうち十数万もの兵士たちは敵兵と矛を交えることなく、狂騒にかられ一度は逃げ出したそうだ。さらにその中では逃げる味方に踏みつぶされ、戦死することもなく死んだ大量の兵士がいた。その数は二万にも及ぶと言われている。


 それ以来、クオンは糊口をしのぐために人には言えないようなこともやってきた。今更、恥じる初心など持ち合わせていない。

 だが、その中年の貴族の男はただ、援助だけをした。

 言っていることと同じことをしているだけ。なんら矛盾の存在しない言動。


 初めのうち、クオンは「今だけだ、いずれ」と、思っていた。

 だが、恐れていたことは一向に起きず、やがて、薄気味悪くなってきた。

 そして、はっきりと思うようになった。気持ち悪い。


 ただの助平心などではない。そこにはそんな単純なものでない悪意が潜んでいるのではないか。

 クオンはそう思うようになった。

 それはクオンが人の善意を信じられなくなっていたからだろうか。それとも……。


 「支援がなくなるのは困りますが……、でもこれでよかったとも思えるんです」

 クオンはそう証言した。

 「あの方が死んで……()()()()()()。それが偽らざる私の気持ちです」



 イーユーとシーファはこの後も何人か、同じように被害者の援助を受けている者たちに会った。

 一人の例外なく同じ形の援助。同じ感想。全員が同じく、女性であった。




 「……どういう、活動なんですかね」

 シーファも女たちと同じ気持ちになっているようだ。

 「貴族が――それも高位貴族がこういった奉仕活動をする。それ自体は珍しい話でもない。こんな形式はあまり聞かないが」

 「ええ。これもまた貴族としての義務、という考え方もあります」

 「俺の見た限りじゃあ、こーいうのは二種類。純粋に善意からやってる奴と、恵まれない人間に慈悲をくれてやるって気持ちよくなってる奴」

 「それ、ちょっと僻み入ってませんか」

 「かもな……。ともかくだ、援助を受け取った側が感謝するでも、僻むでもなく、気持ち悪くなるってのは、聞かない反応だな」

 「先輩、確かホウ家の長女が……」

 「ああ」

 イーユーにも分かっている。


 クオン達の言葉は、ホウ家長女が実家に対して吐いた言葉と同じだった。


 「どうします?」

 体力的にはまだ十分に余裕のあるシーファだったが、これ以上の捜査は躊躇われる気分になっていた。

 「いったん、本部に帰って情報を整理しようか」

 それはイーユーも同じだった。




 刑典庁 刑吏尉部 高級刑吏所 第参局


 に戻ったイーユーたちはとりあえず一服した後、書類をまとめ特別捜査本部の方に顔を出した。

 本部には局を跨いで刑吏官たちが出入りし活発に活動していた。

 イーユーたちは自分たちの調査結果を報告し、他の刑吏たちの調査結果を覗いていく。


 被害者に使われた毒物の出どころは掴めていない。

 その辺りに自生する植物を煎じただけの代物。

 我々の身近な場所にも食べさえしなければ害のない毒物が普通に生えている。

 その事実にシーファは嫌な顔をしていた。


 現場に犯人の痕跡は残っているか。不明。

 現場は被害者の個人的な用途に使われている部屋で、使用人にもあまり近寄らせないようにしていた。掃除なども被害者が嫌がるので――そして、あまり勤労意欲をそそらせない態度だったので、あまり頻繁に行われずおざなり。

 痕跡は残っていたが、それがいつのものか。犯人の痕跡なのか。それすら判別できない。


 犯行時、現場付近に怪しい人影は見つからなかったのか。

 現場の表口に関しては、使用人たちは被害者に近寄るなと指示され、それを忠実に守っていたので目撃証言はない。

 現場の裏口は街路に続いているように見えたが、見えただけでその道もホウ家の敷地に含まれていた。当然、ホウ家の警備がうろついて、誤って侵入してきた者を追い返したりもしている。

 警備からは異常なしとしか証言を得られなかったが、被害者が犯人を招いたとすれば、警備のいない時間を見計らうことも容易なはず。

 

 被害者への評判は良いものと悪いものが半々と言った所。

 ホウ家使用人たちの証言は 「優しいご主人様」「関わることがない」「いつもいやらしい目で見られている気がした」「理不尽な方ではない」「ちょっと休んでいたぐらいでサボっていたと言われる」「気さくな方」「奥様が可哀そう」「ファン家の奴らに好きにさせすぎ」「いい年にもなってまだ昔の伊達男きどり」、と様々なものだった。

 ()()()()からの評判は上々。

 「気前がいい」「遊び方を心得ている」「粋だね」「けち臭くない」「ノリがいい」「無理に女に手を出すような奴じゃない」

 ファン家の者は大多数が答えを拒んだ。

 「何も言えることはない」「何か言えるほどに関りはない」「良いでしょう、別に。彼の役割はもう終わっているんですから。……なんです、引退したんだからそうでしょう。違いますか」


 被害当日の龍帥以外の面会人について。

 「いたような」「いなかったような」「家の者を寄せ付けず庵にこもったことは以前にもあった。四、五回ぐらい」


 被害者の女関係。 現在、家の外に関係のある女性は発見できず。

 ここにイーユーたちの調査結果が追記される。


 昔の女関係の恨み。外で女関係があったと確認できるのは、遡って十数年以上になるので、調査は進まず。


 それ以外の恨み…………



 「う~~ん」

 ざっくりと調査結果を調べていたイーユーだったが、いまいち掴みどころがない。

 ホウ家と被害者にはいろいろと問題が内包していたようだが、決定的なものは出てこない。


 「……言っていいですか、先輩」

 同じように調査結果を眺めていたシーファが確認を取る。

 イーユーは黙ってうなずく。

 「龍帥の調査報告がないですよね。……その、龍帥を犯人と仮定した場合の調査を、……やってないんですかね」

 「仮に、だ。龍帥が犯人だった場合はうちらとは違う案件になるんだろう。別の部署で捜査しているから、ここには捜査資料はない。……高度に政治的な案件ってやつだ」

 「……そう、なんですか」

 「ああ、仮にこっちで証拠でも掴んだら、それを上に挙げるだけ。後は()()()()()の仕事さ」

 「先輩はそれでいいんですか」

 「良いもくそもねえさ。それがお役所勤めだろ」


 「あ~ら、かつては鬼の閻羅刑吏と恐れられた人が、ずいぶんおとなしくなっちゃって」


 二人の間に割り込んできた声。その声の主を見て、イーユーは顔をしかめる。

 「誰かと思えば、お前か。ガー高級刑吏官」

 振り返るシーファの目にどことなくシナを作ったような男の姿が映る。


 ガー・クーチャオ高級刑吏官。


 かつてガー家の親類縁者が謀反を企て処刑された。ガー家も連座となり、男たちは自死か宮刑が選ばされることとなった。

 選ぶに能わず。そう言い残しガー家の男たちは自死して果てた。

 その二択なら決まってるでしょ。そう言ってクーチャオは後者を選んだ。


 「昔はずいぶんとやんちゃだったのに、すっかりしおれちゃって……塩でもまかれたの?」

 「へ~、昔はですか」

 「そうなのよ、ホント。いい加減にしろ。やりすぎだって、いっつも上司に怒られてたのよ」

 「人の過去をほじくり返して回るな。悪趣味な」

 「あら? それが私たちのお仕事でしょ」

 「若いのに、余計なことを吹き込むな」

 「あの~、すごく興味があるので、詳しく聞きたいのですが」

 「聞くな。……それより、そっちの調査の方はどうなってる」

 「う~ん、こっちもあまりいい報告はできそうになそうなのよね」


 クーチャオは被害者の娘たちについて調べていたが、娘たちは、父よりむしろ姉妹同士でいがみ合っている場合が多く、矛先が被害者に向かっていた気配は見当たらなかったそうだ。


 「膠着してきたか」

 イーユーは呟き、思考の海に沈む。

 

 こうなってくると何でもいいから、解決に向けて糸口が欲しくなる。

 だが、糸口とは何か。事件における解決の糸口、それは人の不幸ではないのか。

 解決のために、糸口のために、犯人に動きが欲しい。

 解決のために、次の事件が起こって欲しい。

 思考がそんな形に歪んでしまう。

 事件の解決のために人の不幸を望む。そんな構図にイーユーは嫌悪を覚える。


 実際には不幸が発生するわけではなく、すでに存在している事件性が明るみに出るだけのケースも多く、むしろ人の不幸を表ざたにして解消する活動といえるのだが、どうしてもイーユーの思考はその逆に進む。

 それがゆえに若いころのようながむしゃらな捜査への熱意が持てないでいる。

 もちろんやる気はあるし、仕事にも真摯に取り組む。ついでに言えば、かつてのがむしゃらなイーユーは周りから迷惑がられていた。

 しかし、それはイーユーにとっては、失われてしまった眩しいものなのだった。


 「こうなってくると、彼女の言っていた父の秘密というのに期待するしかないですね」

 良くない所に沈んでいこうとしてたイーユーの意識を浮上させたのは、シーファの期待に満ちた眩しい希望だった。

 そう彼は、ホウ家の五女ホウ・キュシンから、話したいネタがあると言われていたのだった。


 「そうか。そうだな。まあ、たいして期待しないで待っててやるよ」

 そう言ってシーファを送り出したイーユー。


 しかし、シーファは意外な内容を伴って帰ってきた。


 彼女が抱えていた秘密、それは、



 ホウ家当主、ロン・ホウ・ティーエンはファン家の血をひいていない、というものだった。
















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