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五  ホウ家邸  次女~四女



 建国者である大帝。

 その両輪となり、覇業を支えた二人。

 文武の功臣。


 大帝はその二人に『龍相』と『龍帥』という称号を与え、文武の最高位とした。


 大帝と龍相・龍帥の三人は野党もどきの身から成り上がり、大帝国の支配者となった。

 雲上人となっても興奮すれば当時の口調に戻り、宮殿には下品な罵倒が飛び交っていた。

 その矛先は皇帝である大帝にも及び、大帝が貧民窟(スラム)悪態(スラング)で罵られる光景も見受けられた。


 大帝はそれを咎めなかった。

 それが彼らの能力を一番発揮できるやり方だと知っていたからだ。


 やがて、大帝が没し、二世皇帝が即位する。


 二世皇帝は老臣たちへの敬意と、これまでとやり方を変える必要はないという意味を込めて、帝国法に明記することにした。


 龍相、および龍帥は特別な地位とし、通常はその地位にある者を置かない。

 龍相、および龍帥が、どれだけ皇宮で無礼な真似をしようとも、皇帝に不敬を働こうとも、皇帝を罵倒しようとも、決して罪には問わない。




 これが大逆罪以外無罪の始まりである。







 イーユーたちは遺族への聴取を続ける。


 次女のホウ・チーシャンとその母親は、会うなりまず、ツォランに対して深々と頭を下げた。


 「「ツォラン様。この度はご健勝のほどお喜び申し上げます」」

 「新年のあいさつなら元旦に聞きましたわよ、お姉さま」


 腹違いの姉とその母親が、腹違いの妹に恭しく接するその姿は、イーユーたちに歪な関係を感じさせた。


 次女の母親は前妻ホウ・ティーランの付き人としてこのホウ家にやってきた。ファン家に連なる人間である。正妻たちと違い本家の人間ではない。

 そこに被害者のホウ・ターホゥが手を出し、娘を生んだ。


 それは、予定調和の一つに過ぎなかったのか、そうでなかったのか。


 お家同士の結びつきのための政略結婚。もし、妻が子を成せなければ、成すことができない身だったとすれば、夫は妻と一緒に付いてきた女性たちに手を出す。そして、その中に子が成せれば、生まれた子を正妻の子として育てることにする。

 そのための女たち。それが次女の母親だった。 


 「貴族の間ではそういうこともやってる、ってのは聞いたことがある」

 ツォランや次女たちと少し離れた所でその光景を見ていたイーユーは辟易した口調でぼやく。


 「うちではやってませんからね」

 シーファの実家シン家は、子ができなければ優秀な子を養子にすればいい、と言ってはばからない家柄だ。

 実際、初代から数えて五代目の頃にはすっかり血の繋がりは無くなっていた、と言われている。



 とはいえそんな事前の仕込みも、前妻があっさり子を産んだことで意味のないものとなった。

 意味のないものとなった人間の心境とは如何ばかりか。

 さらにそこから主人の子を産んだ人間の心境などイーユーには想像もつかない。



 ツォランへの態度、母娘の心情は横に置いておいて、イーユーたちは仕事にかかる。


 結論から言うと、次女母娘からは特に有益な証言は出てこなかった。

 ただ……、


 「ああ、それなら、妹です」


 父ターホゥを殺したいほど憎んでいる相手の心当たりはという質問に、次女はこう答えた。


 「もちろん、ツォラン様のことではありませんよ。私の一つ下の妹。三女のリンシャンのことです」


 妹なら父を殺してもおかしくない。

 その事実を、なんの躊躇いもなく姉は告げた。


 「リンシャンは父上様と仲が悪く……、いえ。父上様を一方的に嫌い、憎んでおりました。そんな態度はよろしくないと、いつもたしなめていたのですが、私のことも嫌いなようで、一向に聞き入れてはもらえませんでした」




 次に聴取するのは、その三女。ホウ・リンシャンだ。

 ラン曰く、彼女が姉の中で一番好き。



 「これはこれは、身分違いにも、こんなむさくるしい館などにお越しいただけるとは」

 

 三女リンシャンに面会したイーユーたち。

 そこには三女とその従僕らしき老爺の二人だけで、母親の姿は見えなかった。


 そして、それを問いただすより先に、三女はツォランの前にひざまずき、慇懃無礼な態度でツォランを持ち上げ、ホウ家をこき下ろし始めた。過剰な身振りも手ぶりが演出として付け加えられている。

 次女と似ているようで違うその態度。


 それに対しツォランは大仰に対応した。


 「うむ、くるしゅうないぞ」

 まるでお大尽のように姉に応じる。


 「おもてをあげい、お姉さま♡」


 機嫌よく言い放ったツォランに、ひれ伏した三女の顔面が引き攣れたのが後頭部からでも分かった。

 イーユーたちはこの時、初めてツォランの感情らしきものに対面したように思った。


 いくばくかの間があって、おもてを上げた三女のつらには、何事もなかったかのようなめんが張り付いていた。


 イーユーたちはまたしても初めての発見をした。姉妹の共通点という。

 その三女の表情は、ツォランによく似ていた。




 「女よ、女。それしかないわ。どうせ無理矢理ものにした女に刺されたのよ」

 父の事件に心当たりはと訊ねると、開口一番三女はまくし立てた。


 「それか男がいる女に手を出して、男に刺されたのよ。そんな所よ。あの親父のことだから間違いないわ」

 「お、お嬢様」


 熱弁する三女に、お付きの老爺は狼狽を見せ止めようとするが、彼女は止まる気配を見せない。


 しばらく三女の父がいかに女にだらしないかトークを聞いていたイーユーたちだったが、これ以降は価値のある情報は出ないと判断して、話を変える。

 彼女の母親は、何故ここにいないのか。


 「ご母堂様は、心痛によりお倒れになられたのです」

 我が意を得たりと、老爺が三女に変わって話し始める。


 「いまだ聴取には応じられる状態にはない。侍医からもそのように伺っております。どうかご容赦を」

 「ほう。普段からお悪いのですか」

 「いえ、今回の件がさほどに衝撃であったわけでして……」


 「は! バッカじゃないの」

 「お嬢様!」

 吐き捨てる三女をたしなめる老爺であったが、そんなもので止まる彼女ではない。


 「だってそうでしょ。妻に相手にされないからって理由で、一時的に性欲処理に使われただけの相手が死んだぐらいで、よくもそこまで思い詰められるものね」

 「お嬢様!」


 なかなかどぎついことを言う。

 イーユーはそう思いながらも、「被害者が妻に相手にされないから愛人を作っていた」という証言を脳に刻んでおいた。


 「もうずっと相手にされてないのに、そんな奴が死んだぐらいで自分の体まで弱らせるとか、ありなくない。常識的に考えて無理ある言い訳よ。捜査官さんたちもそう思わない」


 母親は仮病だと主張しているのか、それとも逆か。事情を話さないと他人には心痛での病臥など信じてもらえないという主張なのか。

 イーユーたちが疑問に思ったことを表情から察したのか、老爺が事情を語りだす。


 「リンシャンお嬢様の……その……、ご母堂様は、昔――御幼少のみぎりより、このホウ家に仕えておりました。……親がホウ家に仕えておりまして、親子ともどもお世話になっておったのです。

 ご母堂様にとって旦那様は幼いころからの憧れ――の公子さまのような存在でして――もちろん身分の差はわきまえておりましたが――、一時期だけでも――その――共に過ごした記憶をずっと大事にしておられまして――しかるにご母堂様の受けた衝撃も実に大きなものでして……」


 どこか言いにくそうに説明をする老爺。


 「ホント、馬鹿らしい。…………ホント、馬鹿じゃないの」

 そんな姿に吐き捨てるように罵倒する三女。だが、そんな彼女を見る老爺の目は、むしろ彼女を労っているように見える。

 「なによ、その目は」

 「…………ご母堂様に対して、あまりそのようなことをおっしゃっては……」

 「なにがご母堂様よ、バッカじゃないの」

 「お嬢様……」

 「なによ!」

 「申し訳ありません。お嬢様」

 「怒りたいなら怒ればいいじゃない! おじいちゃん! ……………なんだから」

 縮むように消えていく語尾の声量を支えるように、老爺は孫を抱きしめた。

 「申し訳ありません」

 ただ、それのみを繰り返していた。

 


 「こういうことは俺たちのいない所でやって欲しかったな」

 これ以上は聴取はできないと判断して三女たちの元を辞したイーユーたちであった。


 「あら、割とよくある光景でしたわよ。私がいたころは、ですけど」


 (だとすると少なくとも五年以上前だから、三女の彼女も今より五年以上幼いころの話か。だとすると別段珍しい精神状態とも言えない……か?)


 ランの捕捉に全面的とは言えないなりに納得するイーユー。

 一方のシーファは、

 「いや~、あの様子じゃ彼女たちが犯人って線はないんじゃないですかね」

 「……そうだな。あれが演技なら大したものだ」

 何でも自分には言ってこいと言った以上、イーユーはシーファの意見を否定せずにいた。

 だが、内心は、


 (本当。()()()()大したもの、だな)






 次に聴取するのはホウ家、四女。ホウ・ドゥチェン。


 彼女は二年前にこの家に引き取られてきた。それまでは帝都の下町で庶民をして暮らしていた。母親は引き取られる以前に病死している。

 二年ほど前に被害者の落胤であることが判明して、この家に引き取られることになった。

 五年前にこの家を出て、龍帥府に住むようになったツォランとは、姉妹といえどほとんど面識がない。

 イーユーたちと面会した時も、捜査官と一緒に来たこの人誰?、という顔をしていた。


 「恨んでいないかって、まあ、恨んでいると言えば恨んでいるような。恨んでいないと言えば恨んでいないような」

 父親を恨んでいないかという質問にはそう答えた。


 「正直、父親という実感もないので。引き取ってくれた貴族の人、という感じとしか。それが本音です」


 「扱いも、まあ、あまり悪くはない、と言いますか、他の……えっと姉妹?――お姫様たちみたいな扱いはされてませんけど、別にそれも私だけに限ったことはなく、その他の姉妹間でも格差がすごい、というか、別にひどい扱いはされていないですので、それでいいかな、と」


 「実のところ、手に職を付けたらこの家を出ようかなと思っています。そのための習い事は自由にさせてもらっているので、その点はありがたいと思ってます。その……お父さ、えっと、お父様も、『いまさら貴族子女としての教育をしても手遅れだろうし、それでいい』、ということで話を通しておくと……、本当に通ってますよね、話?」

 「いや、私たちに聞かれましても」

 「あ、そうですよね。すみません」


 「親子としての愛情があるわけじゃないですけど、援助してくれている人ではあるので、援助してくれている人を殺したりは……しないと思います。……思うんですけど、そんなものですよね?」


 被害者は下町にも素性を隠して顔を出し、そこで四女の母と関係を持ったわけだが、それなら。


 「今でも、下町に出入りすること、ですか? それは、ある、みたいで。と、言いますか、二年前もそれで見つかったわけで……、あ、見つかったというのは私のことで……、だから、そこで質の悪い人間と知り合って、それで殺されたんじゃないかと。……あそこ、そういう人たちもいますし」






「さて、どう思った、シン捜査官」

 四女の部屋を辞し、イーユーはシーファに話を振ってみた。


 「そうですね。話の筋は通ってましたし、クロの線は薄いんじゃないですかね」


 「お嬢様はどう思いますかな」

 イーユーの身分でツォランにそのような口を利くことは本来であれば許されない。

 「そうですわね……」

 だが、ツォランはそのような口調を咎めないし、イーユーもこれまでの関りで、それを見切った上での口調だ。


 「私はドゥチェンお姉さまは嘘をついていると思います」

 「ほう? どうして?」

 「お姉さまは、部屋に入って初めに私を見た時、誰だこの場違いな娘は、という目で私を見ていました。けれど、私の素性を知った時、その目に一瞬、憎しみが溢れたのです」


 ランは嬉しそうに口端を歪めた。


 「それはすぐに消えましたけど、少なくとも、この家やこの家の人間を恨んでいない、ということはないと思いますわ」

 イーユーもその辺りは同様の感触を覚えていた。

 「俺も同感だ。それに口調の端端に自分には動機がないことを過剰に印象付けようとする感じが見られた」

 「では、怪しいと?」

 シーファは拙速のきらいがある。


 「別に無実の人間だって、疑われたくないし、冤罪をかぶりたくないさ。刑吏に対し過剰に潔白を主張したからといって、犯人とは限らない」

 「じゃあ……、どういうことになるんです?」

 「絶対に潔白とは限らない。そんな所さ。今のところな」




 それにしてもずいぶんと歪んだ家だ、とイーユーは思う。



 だが、自分たちの仕事はこの家を闇を明るみに出すことではない。

 この家の主人を殺した犯人を見つけることだ。


 自分たちの本分を忘れないようにしないと。

 そして、それをシーファにも念押ししておかないと。


 そう考え、次の聴取に向かうイーユーであった。



 残る遺族は、まだあと三人もいるのだ。


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