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四  ホウ家邸  未亡人と家令


 ホウ家は歴史の古い武門の名家である。

 そのホウ家には長年にわたって対抗し競合する相手がいた。名をファン家という一族である。

 時には張り合い、時には協調することもあった両家は、近年に至って一つの勢力としてまとまることになった。


 ファン家本家の娘ファン・ティーランがホウ家当主ホウ・ターホゥに嫁ぎ、両者の子がホウ家とファン家、両家を統べる一族の長となる。

 この取り決めからも分かるように、ファン家は勢力が衰え、実質ホウ家に統合される形の政略結婚であった。


 そして、両家を統べるべくして生まれてきたのが、ホウ・ティーエンである。


 そのティーエンを生んだファン・ティーラン改め、ホウ・ティーランは、ティーエンがまだ幼いころに亡くなった。

 今はやはりファン家の娘、ファン・レンファが後妻となり、その間に生まれた子が妹のホウ・ツォランである。


 ターホゥにはそれ以外にも子がいる。正妻の子でない子。七人もだ。しかもそれらはすべて母親が違う。

 ファン家とは関係なかったり、あったりする七人の間に、七人の子が。すべて娘で男子はいない。


 父がターホゥなので当然すべての子たちはホウ本家の血を継ぐが、ファン本家の血を継ぐのはティーエンとツォランの二人だけである。



 「いや、待ってくださいよ、そんな関係性で……その閣下……を戦場に送ったんですか」

 シーファは以前持ち出した「戦場の恨み」案がさらに複雑な関係性の元行われていたことを知り、困惑を隠せない。


 事情を聴く限り、ファン家の人間には、ターホゥを恨む理由が複数存在するようだ。


 「貴族的には愛人多数ってのは、よくある話じゃないのか。そこらへんはお前さんのほうが詳しいだろ」

 「まあ、愛人の一人や二人は珍しくもないですけど、ここまで極端なのはめったに見ないですよ。それも全員同じ敷地内に住んでるなんてのは……まあ、聞かないですね」


 正確には一人、他家に嫁いでいる娘がいる。その母親も娘に付いて嫁ぎ先に行っているらしい。


 そして、ツォラン。

 ツォランが実家ではなく、何故龍帥府に住んでいるのか。イーユーはその疑問が少し解けた気がした。


 気がしただけだったことには、結局最後まで気が付くことはなかった。




 馬車はホウ家の屋敷に到着し、イーユーとシーファの二人は馬車を降り、ホウ家本宅に向かう途中、情報を整理していた。


 ホウ家はこれが個人の家屋敷かとイーユーが感想を抱くほどに広大な敷地を有していた。

 こんな馬鹿でかい馬車で乗り付けて大丈夫なのかと秘かに思っていたイーユーの不安を笑い飛ばすほどの規模だった。



 両家談合の元跡取りと決めた息子を、死地に送る。

 ファン家からの嫁をないがしろにし、多数の愛人を抱え、子も設ける。

 実質傘下に下ったことへの屈辱。

 長年に対立してきた家同士、培われた憎しみ。


 さっきの話だけでファン家がターホゥを恨む理由がこれだけ出てきたことになる。


 「……まあ、予断は禁物だぞ」

 イーユーは半ば自分に言い聞かせるようにシーファに告げ、本宅に向かった。



 「おう、スー。きたな」

 ホウ家の本宅には事件発生より今まで、ずっと現場に詰めている刑吏たちがいた。

 顔見知りの刑吏官から声を掛けられつつ、イーユーは上司の元へ向かった。

 上司であるチャン刑吏司に龍帥府でのことを報告する。


 「次にお前たちには、この家の被害者の遺族から聞き取りをしてもらいたい」

 報告を終えると、イーユーたちはこの現場を取り仕切っているチャン刑吏司より、次なる指令を受けた。

 「遺族……ですか。それは、()()()()?」

 暗に愛人の聴取も担当するのかと訊ねるイーユー。

 「()()()()、だ。と言うより、保護者同伴でないとちゃんとした聴取が取れるか怪しい年齢の遺族もいるんでな。……ああ、それと」


 例の他家に嫁いでいる長女とその母親に関しては、イーユーたちが龍帥府に行っている間に、別の捜査員が話を聞いてきていた。

 そして、聴取の内容を簡単に説明してくれたが、その内容というのが。



 「いつかこんなことになると思っていた」

 母娘そろって、そう証言した。

 では、具体的に何があったのかというと要領を得ず、

 「あの家は気持ち悪い」

 「ずっと離れたかった」

 「無理を言って娘の嫁入りに付いてきたのも、こんなことが起こる気がしていたから」


 万事この調子で、具体的な証言は取れなかった。


 またしても悩ましい情報が入ってきたとこに気がめいり、天井を仰ぐイーユー。

 その視線の中に、壁に掛けられた巨大な肖像画が入ってきた。


 「あれが兄さまのお母上様」


 まず母親に挨拶するとのことで、イーユーたちと分かれて行動していたツォランが、いつの間にか近くまで来ていて、イーユーの視線の先にああるものを説明した。


 ホウ家邸の入口は広大な邸宅に相応しい空間を有しており、客を招いて歓談会でもひらけそうな設備でを備えている。

 その正面、正面階段の踊り場の壁に、巨大な肖像画が飾られていた。


 あれが龍帥ロン・ホウ・ティーエンの母で、被害者の前妻であるホウ・ティーランの肖像画らしい。

 確かにティーエンと面影が似ているものが感じられた。

 

 そんなイーユーの感想はいいとして、ツォランの件である。

 彼女は捜査協力としてイーユーたちの事情聴取に付いてくると言い張っている。

 龍帥が強権を振るえば、下っ端役人のイーユーたちに否はないのだが、言っているのは龍帥その人でなく、その妹。

 どう扱っていいか、図りかねる案件だ。

 正直、立場的に突っぱねるのは難しいのだが。


 イーユーは上司に事情を伝える。

 「…………お前に任せる」

 チャン刑吏司は責任放棄とも取れる発言をした。

 だが、長い付き合いのイーユーにはそうでないことが分かっている。

 「では、ご同行願うことにします」


 イーユーはあっさりと同行を認めた。


 「いいんですか?」

 疑問を呈したのはシーファ。

 「責任は刑吏司が取ってくれるとさ」

 「いえ、それだけでなくて。あの娘、……いえ、ご令嬢がいると正直な本音を話さない相手がいるかもしれないですよ」

 これから聴取する相手は、すべてツォランと関わりの深い相手だ。

 ツォランの前では言いたくないことの、一つや二つあるだろう。


 「そこは察知して対応しろ」

 シーファの疑念をイーユーは簡潔に切り返す。


 相手がツォランがいることで口を閉ざしてるようなら、その気配を察知して、後から彼女なしで聞きに行く。

 逆に、ツォランがいるから口を滑らせることもあるかもしれない。

 どっちにもメリットとデメリットがある。なら……


 「ひとまずは成り行きに任せて行こう」


 こうして、イーユーとシーファは、ツォランを伴い、ホウ家の人間に事情聴取することになった。




 まずは被害者の妻、ホウ・レンファ。

 ツォランの母親である。


 レンファ未亡人は正式に喪に服した衣装を身にまとっている。

 遺体が腐敗しないように湿度や温度を調整した場所に寝かせておき、喪に服したまま二年待つ。それから遺体を取り出してきて、葬式を行い正式に埋葬する。

 それが国における正式な告別のやり方だ。


 もっとも、そのやり方は費用や手間がかかりすぎるので、真面目にそんなことをやっている人間はめったにいない。もっぱら略式での葬儀が主流だ。

 だが、さすがにホウ家は格式のある名家だけあって、正式な手順で葬儀を行うようだ。


 被害者の遺体は現在、刑典庁に運ばれ調査されており、この屋敷にはない。

 まあ、調査がなくても二年寝かしておくのなら、違いはない。などとイーユーは思った。


 ホウ・レンファはあまり娘には似ていなかった。

 というより、兄ともども前妻のホウ・ティーランの方に似ている。

 レンファは控えめな雰囲気で、娘とは印象が違う。よく観察してみれば似ている部分もあるが、そもそも、前妻のホウ・ティーランと後妻のホウ・レンファは姉妹であり、全員近親である。


 その間で誰が似ていようとおかしなことでもない、な。


 イーユーは益体もない思考を締め切って、未亡人のそばに影のように付き従っている初老の男に注目する。

 この男はホウ家家令のファン・ヘイダンだったはずだ。


 レンファの、そして、前妻のティーランと同じファン家の出身者。


 ホウ家とファン家はホウ家に統合される。されど、統合されたホウ家の家令はファン家の者が就く。

 そういった条件があり、前妻ティーランが嫁いでくる時にこの家にやってきて以来、この家の差配を任されていると、イーユーたちは聞いていた。


 「刑吏の皆様方、娘がわがままを申したようで……」

 レンファ未亡人はまず謝罪の意思を見せた。

 「いやいや、さすがはツォランお嬢様。旦那様の敵を討ちたいという志。そのご献身には旦那様も冥府で影ながらお喜こびのことでしょう」

 一方、家令はツォランを持ち上げる。


 イーユーたちがツォランから聞いた情報によると、家令は内心で家の者に優先順位をつけており、それは、


 ロン・ホウ・ティーエン≧ツォラン>ファン家の出身者>ホウ家の出身者


 大まかに言ってそのようなものだと言う。

 これは、


 子供たち>奥様>旦那様


 とも言い換えられる。


 その話を聞いた時シーファは、「じゃあ、この家令には動機はある」と言いたそうにしていたが、

 「分かっている」と、イーユーが機先を制して、発言を封じていた。



 「では、よろしいでしょうか夫人」

 イーユーが聴取を始めようとした所、

 「失礼ですか高級刑吏官どの。奥様は心労のため、具合が宜しくないのです。ワタクシめがご相手を致してもかまいませんかな?」

 家令が未亡人をかばうようにイーユーたちの前に出てきた。


 確かに未亡人の顔色は青白い。

 「あら、お母さま大丈夫ですの?」

 そう母をいたわるツォランの顔には、心痛がまるで見受けられなかった。


 「……奥様にしかお答えいただけない質問などもあるかと存じますが」

 「おお、ではそれ以外の質問はワタクシめで構わない、ということですな」

 「奥様でしか答えられない質問なら、奥様にご答えいただけるのですね」

 「奥様がお答えになる、というのであれば」


 空中で絡み合っていた家令とイーユーの視線の先が、未亡人に向かう。

 レンファは悪い顔色ながらしっかりと頷いた。



 聴取が始まる。


 「まず、この家のことは貴方が仕切っているのですね。ヘイダン家令」

 「ええ。先の奥様。ツォラン様が嫁いでこられた時に、旦那様がワタクシに言われたのですよ」

 「なんです。『貴方を愛することはない』とでも言われましたか」


 イーユーは最近巷で流行っている小話のネタを持ち出した。

 

 「それは当然のことですな。愛する対象はワタクシでなく奥様ですので」

 そのネタを知っているのか知らないのか、家令は冷静沈着に返した。


 「旦那様はこう言われました。『家のことはすべてお前に任せる。その代わり自分の個人的なことには一切関わってくるな』と」

 「それはつまり、ご当主は個人的な事情で亡くなったのであって、自分は何も知らないと、そういうことですか?」

 「少なくとも、ワタクシには何ら思い当たることはございませんな」

 「お家の事業に関する問題などは。そちらは貴方の管轄では?」

 「この家の事業は、ほぼロン・ホウ家の――ティーエン龍帥閣下の方に移行しておりますので、今になって事業上の問題から、旦那様が狙われるとは考えづらいですなあ」

 「個人的な事には関わらない、と言われましても、ご当主一人で個人的なことを何もかもやっていたというわけではないでしょう」

 「旦那様が個人的に雇用している使用人がおりますので、ご質問でもあればそちらの者に。すでに高級刑吏官殿の上司の方にはお知らせていますが、お引き合わせいたしましょうか」

 「いえ、そちらの方は、別の捜査員が担当しますので」



 その後も、聴取は続いた。

 それにより分かったことは、この家令は事前に聞いていたよりもさらに、ホウ家の血筋の人間を冷めた目で見ているいうこと。

 被害者には家のことを任せる。自分には関わるなと、言われたのを良いことに、本当にその通りにしていたということ。

 当主と家令という関係にありながら非常に関りが薄いということ。

 家の事業に関わってこないなら、家令は当主に何の興味もないということ。

 同時に当主の方も、自分のプライベートに関わってこないなら、家令に何の関心もないということ。

 同じ屋敷に居ながら、そんな関係が二〇年以上も貫かれていたということだった。


 これらは後の使用人たちの証言からも立証された。



 未亡人の方の聴取では、夫が殺された理由に関しては、まったく思いあたることはない、とのこと。

 それだけであった。


 夫婦仲はとても良好 家令談

 愛人の存在は貴族なら当然のことであるので、今更言うことはない 家令談

 むしろ、後妻が嫁いできてからは愛人の数は一切増えていない 家令談


 これは実際にランより下の子がいないという事実もあり、信憑性があると言えるかもしれないとイーユーは思ったが、


 むしろ増えていないのは愛人の存在を隠し始めたからでは? ()()()()()()()()()立場になってしまったので シーファ談

 それよりも家令の言葉が気になるな イーユー談



 単に夫人をおもんばかっただけのなのかもしれないが、家令の発言は、前妻に問題があったので被害者が次々と愛人を作っていた。そういう意味合いにも取れた。

 ホウ家の人間よりもファン家の人間を優先する家令が、ファン家出身の前妻よりホウ家の被害者を立てるような発言をしたことがイーユーの頭に引っ掛かっていた。

 意図したものではなかっただけかもしれないが、イーユーは一応上司に報告し、使用人たちへの聴取を行っている捜査員たちにも伝わるようにしておくつもりだった。




 聴取が終わった後、未亡人はおずおずと実の娘に話しかけていた。

 「ツォラン」

 「なあに、お母さま」

 「あまり、危ないことをしてはいけませんよ」

 「あら、お母さまったら、小さい子供に言うようなことを言っちゃって。お母さまの中では私はいつまでもそんな子供なのかしら」

 ツォランはクスっと笑う。

 それは父親の死と対面していた時と同じ、感情のない笑みだった。

 「……それに、この家で私に危ないことなんて、()()()()()()()()()。ね、()()()()()()()()()()



 ツォランが実家を出て、龍帥府に住み始めたのは何年前で、そのころツォランは何歳だったのか。

 イーユーはそれも後で調べおこうと思った。


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