十二 両面無特
この国ではあらゆる者がため息をついている。
揮国第一七代皇帝、ロン・レイジーもまたそうだった。
皇帝はまだ若く三十代。元々、十年ほど前国家の危機が予感される情勢になってきたので、譲位され即位することになった。老いた先帝より若き指導者が必要とのことで同意をみたのだ。
予感は現実のものとなり、南海商会連合の南征が始まり揮国は大打撃を受ける。それと機を同じくして東西北からも侵攻を受けた。
東は半島勢力から。西は砂漠の民。北の騎馬民族まで、揮国は一斉に四方から攻撃を受けることとなった。
中でもやはり南からの攻撃が最も厄介で、最も被害が大きかった。
故に、五年前の勝利は非常に大きな意味を持つ。
だからこそ「龍帥」号の授与もできた。
それでも皇帝は龍帥ロン・ホウ・ティーエンに報い切れていないと感じていた。
ホウ・ティーエンのことは昔から知っていた。
ホウ家の次期当主として、彼が子供のころから交流があった。
覇気は見せないが、やるべきことは完璧にこなす人間だと評価していた。
これほどの才を発揮するとは思っていなかったが。
現状、龍帥は前線には出れず、この帝都より出撃することを禁じられている。
強大な軍を率いたティーエンが、矛を返し自分たち牙を向けることを恐れる廷臣は多い。皇帝もその声に押し切られ、龍帥の出陣を差し止めることに同意せざるを得なかった。
揮国の軍隊は皇帝をもって、帝国軍最高司令官とする。実際に軍隊を動かす武人はあくまで帝国軍最高司令官代理を最高位となるのだ。
形式上のものではあるが。
ただし、龍帥は別である。
龍帥は代理ではなく、帝国軍最高司令官の肩書を持ち得る。軍事において皇帝と同格の権限を持つ。
異常と言っていい扱いだ。
なので、形的には龍帥であるティーエンは皇帝の命令さえ聞かなくてよい。軍事に関することにおいては。
だから、先の出陣禁止さえ無視しても、形的には咎められることはない。だが、ティーエンはその命令――否。要請に従っている。
よってティーエンは現状、龍帥府から離れることなく、遠方より四方の方面軍の指示を出している。
そのことを伝え、「すまぬ」と謝辞を繰り出す皇帝にティーエンは、
「元より『龍帥』は前線に出ていく役職でなく、後方にて全軍を統帥する役職。龍帥任命より、出陣しないのは当然のことと承知しております」
と、全面的に従う姿勢を見せた。
廷臣たちの狙いは実に愚かな所にあった。
ティーエンを外に出して反逆されば勝ち目はない。だから都に閉じ込める。
だが、いつ外敵に攻め寄せられるか分からない。しかし、ティーエンを都に置き、守備に付かせていれば都は落ちない。都だけは。
そんな愚かにもほどがある皮算用が、この処置の根底にあった。
そのことが皇帝には分かっていた。だが、それを止めることは皇帝にもできなかった。
同時に、廷臣たちの意見を完全否定もできなかった。皇帝の意識にも、もしティーエンが反逆したら、という恐怖が存在していた。
そのことが謝意となって現れたのであり、今もまた皇帝の心にわだかまりを作っている。
故に――
「例の事件はどうなっている。ホウ・ターホゥが殺された事件だ」
ティーエンに対する後ろめたさが、現在彼を煩わせている、と思われる事件に向かう。
早く解決せよと、言葉にしない圧を受け、それが上から下へと伝わる。
実際に捜査を担当する者の所まで。
刑吏に呼び出された。それも刑典庁ではなく、あそこへ。あの若い刑吏を毒殺したあの店にだ。
呼び出されたそいつが先に待っている部屋に、刑吏が入ってくる。
「よう。あの書簡を読んで、ここまで来てくれたってことは、図星ってことだよな」
イーユーだ。
「誤解しないでください。刑吏になんかに粘着されると厄介なので、一度会ってはっきりさせておこうと思っただけです」
「ふ~ん」
イーユーは馬鹿にしたように笑うだけ。
そいつは気を害したようだが、怒ってもドツボにはまるだけと思ったか、イーユーをもてなさんとする姿勢を見せた。
「お茶でも入れましょう」
「いや、自分で入れる」
イーユーははっきり断った。
「シン高級刑吏官のように毒でも入れられると大変だからな」
そう言って、その部屋に備え付けの簡易的な囲炉裏で湯を沸かし、持参した湯のみに持参した茶葉を入れ、湯を注いだ。
「……良いでしょう。こっちも暇じゃないですからね。さっさと誤解を解いてしまいましょう」
そいつは不快さを隠すのを止め、さっさと用事を済ませようとする。
「そもそも、私を何の容疑で呼び出したのですか」
「何でも良いんだよ、別に」
「……はい?」
美味そうに茶をすするイーユー。
「……」
「……」
一向にそれ以降話そうとしないイーユーにしびれを切らし、そいつが話を進めることになる。
「書簡には、あの……あなたと一緒に来た若い刑吏の人を殺したと決めつけて、暴露されたくなければここに来いと書いてありましたが」
「ああ、そうそう。書いた書いた。それとホウ・ターホゥ殺害もお前の仕業だろ」
決めつけるイーユー。当然相手は反駁する。
「だから、なんでそんなことに……」
「まあ、やってようと、やってなかろうと、どっちでも変わりないんだけどな」
「なっ……!」
相手の反駁を超えた決めつけに、そいつは言葉を返せない。
「上からも早く犯人を挙げるようにせっつかれてるんだ。刑典庁は誰でもいいから捕まえるよ。それで拷問にかける。拷問に耐えかねて自白すればそいつが犯人。黙ったままなら死ぬまで続けて、犯人だから黙ったまま死んだ。やっぱり犯人だった、ってことにする。後で真犯人が見つかったら……まあ、せいぜい誰かが責任を取って首を飛ばして、それで終わり。真犯人を捕まえてめでたしめでたし……さ」
「なに、なにを……そんなことが……」
「刑典庁を甘く見るなよ」
強い語気と怒りが込められたイーユーの言葉に、そいつはまたしても言葉に詰まる。
「知らなかったか? 刑典庁は自分の組織に属している人間が被害を受けると許さない。面子にかけてその『犯人』を捕まえる。相手が本当に犯人かなんて関係ない。必ず誰かを捕まえる。
……そして、刑典庁は他所が組織の人間を殺すのは許さないけど、自分らで組織の人間を使い潰すのは、当然の権利だと思ってる。だから捕まえて犯人にするよ。お前を。間違ってたら組織内の人間を一つ使い潰して、なかったことにする。それが刑典庁のやり方さ」
「刑吏はクソね」
そいつ――彼女は絞り出すように怨念を口にした。
「俺も常々そう思ってる」
イーユーの同意に彼女は、驚きと困惑の瞳でイーユーを見つめる。
「全く同感。刑吏はクソだ。……だから、俺がお前をそのクソから守ってやるよ」
「……何を言っているのですか?」
「俺がさ、お前が犯人の見込みは薄い。もっと見込みが濃い人物にしようぜ、って提案する。で、別の人物を捕まえて犯人に仕立て上げる。めでたしめでたし」
「…………」
彼女は混乱で口を開けないでいたが、
「……何が?」
「うん?」
「何が望みなんですか」
それを聞いたイーユーはにっこりと笑う。
「話が早い。まず、金だよ。金。ホウ・ターホゥから金をもらってるだろ。―――ああ、いいいい。そういうのはいい。ホウ家で金の出入りを調べて、お前と他何人かは他より多額に金を受け取ってるってことは調べがついてるんだ。まさか本当に、適当に選んだと思ってたんじゃないだろうな。お前が思っているより候補は少ないぞ」
イーユーの言葉に、彼女は歯を噛みしめ返しの言葉を吐き出す。
「あんたの言葉が本当って保証がどこにあるのです。私を罠にはめようとしてるだけじゃないのですか。……そう、例えばあの若い刑吏の仇を討つためにとか。相棒じゃなかったでしたっけ」
イーユーは彼女の言葉を笑い飛ばす。
「おいおい、刑吏の命なんて使い捨てだぜ。いや、刑吏だけじゃない。お前らもみんな使い捨ての命さ。使い捨てじゃないのはお偉い貴族様とか、龍帥様とか、特権階級の人間だけさ。特別な権利なんて何も無い俺たちはみんな使い捨てさ。使い捨ての敵討ちなんて馬鹿馬鹿しいじゃないか。使い捨てらしく、せいぜい今を楽しく生きれればそれでいいさ」
(特権階級? クソね)
イーユーの言葉に彼女の険が取れてきた。イーユーの言葉に共感を覚えたことより、心が落ち着いてきたのだ。
そう、彼女は落ち着いて、冷静に、状況を分析する余裕ができた。
「――なんなら」
イーユーが立ち上がり彼女に迫る。
「金の代わりに他のことでもいいんだぜ」
イーユーと彼女の顔が至近に来る。
この体勢なら――。
彼女はイーユーに迫られ後ずさりながら、位置取りをする。
「楽しいことならな」
今なら接近しすぎて、イーユーからは彼女の顔しか見えない。
彼女は用意していた粉末を帯から取り出し、卓子の上のイーユーの茶碗に注ぎ入れる。
「待ってよ。少し落ち着いてからにして」
後は、どうやってイーユーにあの茶を飲ませるのか。
「ああ、いいぜ」
彼女が考え始めただけで、まで何をするでもないのに、イーユーは自主的に引いて、卓子に座り直し、茶を手に取った。
自分に都合がよすぎる展開。彼女は思う。
やはり、正しかった。
「復讐だ」「正しき裁き」「快楽だ」
私の復讐は正しき裁きだったのだ。だからこんなに上手くいく。私の邪魔をする者はみんな死ぬ。
彼女は復讐の快楽に満たされる。
満たされる彼女の前で、イーユーは毒入りの茶を一口飲み、含んで味わう。
そして、イーユーは笑った。
その笑いを見た途端、彼女は察した。
その笑いは、それまでイーユーが見せていた笑いとは違う。これまでの笑いは、すべて演技。
それが即座に感じ取れるほどの会心の笑いだった。
イーユーは懐に忍ばせていた合図の鈴を鳴らす。
即座に逃げ出そうとしていた彼女の前に、すべての外部へと通じる場所から刑吏たちの大群が踏み込んでくる。
刑吏たちは訓練された動きで容赦なく彼女を抑え込もうとする。まったく彼女に配慮のない、具合が悪くて死なせてしまっても構わない容赦のなさに、彼女の必死の抵抗など、虫が嚙んだほどのものに過ぎなかった。
「確保しました。スー高級刑吏官どの」
刑吏の一人が彼女に噛まれ赤くなった腕の跡を一瞥してイーユーに報告する。
その刑吏は噛みつかれた時、即座に彼女の歯をへし折って嚙みつきを外そうとした。その気配と痛みで彼女は自分から噛みつきを外さざるを得なかった。
「言ったろ。お前には特権はない」
奢るイーユー。その手は小刻みに震えていた。飲んだ毒は効いている。しかし、途中で吐きだしたので死に至るほどではない。
「なんだよ。聞いてなかったのか。言っただろ。刑典庁は刑吏を使い潰すって。刑吏にも使い潰されない特別な権利はないんだよ」
今回の事件で使われた毒は、帝都のどこにでも生えている毒草から作った毒である。
つまりどこでも取れる。誰にでも。いくらでも。刑吏にも。
そこらへんで採ってきて、煎じて飲む。
それで毒の味を覚える。すぐに気づけるように。
加減を覚える。口にしても死なずに済む。それでいて飲んだことを相手に確信させる。その調節を計れるように。
さらに耐性を付ける。これは短期間で身に付くものでもない。付けばいいな、という願望程度の期待値。
さらに、犯人と決めつけておびき出し、挑発し隙を見せ、毒の使用を誘う。
味を確認し、覚えた加減で留めて吐き出す。
後は合図と同時に控えさせていた刑吏を突入させる。
何故、彼女に目星を付けたのか。
答えは手当たり次第。まず彼女だっただけ。
シーファと接触した可能性のある相手すべてにこれをやるつもりだった。
まず、イーユーと一緒に捜査していた時に会った相手から始める。
この手でおびき出せればよし。寄せないなら手当たり次第収監して拷問。逃げ出そうとする奴がいれば、もちろん捕まえる。
ただ、手当たり次第と言っても……
「き、貴族相手には、や、やりにくい。だ、だからまじゅは、う、ぅおれたちが接触したにゃかで、特権のないやりやすい奴からや、や、やった、ってわけ、だ」
毒が舌に回ってきたか、イーユーの呂律が回らなくなってきている。
勝ち誇って、無理に語るイーユーを、彼女――シァ・クオンは視線で人を殺さんばかりに睨みつける。
「やっぱり……貴族も刑吏もクソばかりだ!」
「あぅ、あぁ、ああ、し、知ってる。俺もど、同感びゃよ」
イーユーにとっては視線など苦笑でしかなかった。
見ただけで人が殺せるなら苦労はしない、と自由にならない口ではなく頭の中で吐き捨てた。
◇◆◇ 作者からの挑戦状 ◆◇◆
誰?
ようやく犯人の名前が出てきましたが、皆さんはこう思ったかもしれません。ですが、これまでの内容をきちんと読んでいれば、誰にでも犯人を推理できるように――――――したかったのですが、無理でした。
できませんでした。よって推理は不可能と思われます。不可能犯罪ならぬ不可能小説です。いや~、世の推理ものを書いている作家さんたちはすごいですね。
もしあなたたちの中に、犯人を予測出来て、それが当たっていると言う人がいれば、それはたぶん当てずっぽうです。
違うと言う人は、これこれこういう理由で犯人を当てたと感想覧に書いてみてください。
作者が褒めたたえて参考にします。
◇◆◇ 作者からの挑戦状 終わり ◆◇◆




