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大逆罪 以外 無罪  作者: 園日暮


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11/14

十一 葬儀場


 「よいですかティーエン」

 「はい、母上」

 母は日に三度はこの話をするなと思いながら、ティーエンは素直に母の言葉を聞く態勢を取った。

 「あなたはファン家とホウ家を統べる人間になるのです」

 「はい」

 事前に予想した通りの言葉を聞きながら、ティーエンは母の顔色を見る。今日はそう悪くない。

 最も、それは普段と比べての話で、一般的な同年代女性との比較でいえば十分に悪い。予知能力を持っている者が見れば、死相が見えると言うかもしれない。


 ティーエンの母、ホウ・ティーランは子を産むためにかなりの無理をした。一般的に広まっているやり方から、一般に広めると一発アウト判定されるやり方まで。その無茶が祟ったのか、彼女は今では一日のほとんどを寝台で過ごしている。


 それでも子は産めなかったわけだが。


 ティーエンはそのことを知っていた。そして、少しもそのことを気にしたことがなかった。

 良くも。

 悪くも。


 「あなたはそのために生まれてきたのです。あなたは私の希望」

 ティーランは涙を流し、息子に語りかける。

 異様な光景だ。

 ティーランのお世話をする付き人たちも彼女に同調したように涙腺を緩めている。


 その光景を見、ティーエンは、母は私に依存しすぎているなと思った。


 ティーランの周りの人間は、情と哀れみで彼女を止めない。

 ティーエンにそんな理由などないが、彼は別に母を止めなかった。


 「あなたは誰よりも強い武人となり、誰よりも上手く軍を動かし、この帝国の敵をすべて打ち倒すのです」

 ティーエンにはなりたいものも、やりたいこともなかった。なので母がそう望むのであればその望みを叶えようと思っていた。


 だが、無理なものは無理だとも思っていた。


 母の望みを叶えるべく生きるつもりだったが、結果がそれに伴うかは別の話。

 できないことはできないと思っていた。

 母の望みを叶えられないのは残念だと思っていた。

 母はそこまで生きられないだろうとも思っていた。


 ティーエンは彼なりに母を、ホウ・ティーランを愛していた。



 龍帥ロン・ホウ・ティーエンこと当時のホウ・ティーエンの母、ホウ・ティーランが亡くなったのは、彼が六歳の時だった。






 シン・シーファの葬儀はその死から数日後に行われた。二年の喪を経ない略式の葬儀になる。

 晴れとも曇りともつかない中途半端な天気の中、スー・イーユー高級刑吏官は葬儀に出席していた。

 仕事で参加しているのか、非番で参加しているのか。

 彼の心境も天気のようにどちらともつかない中途半端な気持ちだった。


 シーファの葬儀。その出席者の八割は刑典庁関係者でもある。

 喪主である養父も刑典庁の役人であるし、祖父も元刑典庁役人。義兄弟たちも一人は軍部。残りは全員刑吏を務めている。

 同僚も当然、すべて刑吏であり、言ってみれば仕事場とまるで変わらない人間たちばかりが集まっていた。

 そこで会話の内容も事件の事であり、まるで職場と紛うばかりの空気が醸し出されていた。

 わずかに出席した故人の友人たちが、尋常の葬儀と違う空気にちょっと引いている。

 そこに出席者たちが、初めに弔問を、次いで事情聴取を繰り出してくる。


 突破口の見つけられない捜査状況。

 現状、殺害されたシーファが、一番犯人の喉元に近づいたと言える。

 そのシーファが単独捜査時にどのような行動をとっていたか。その情報が少しでも欲しい。

 何か聞いていないか。

 友人たちが「俺たち何しに来たんだっけ」と疑問に思うような質問攻めに合うこととなる。


 噂では皇帝自ら、事件の進捗について諮問されたという。

 あせりがじわじわと刑吏たちの背を浸食し始めていた。


 「シーファも刑吏の一員である。犯人逮捕こそあやつの本意。故人の慰を願うなら、ぜひ協力をお願いしたい」

 故人の養父にそう言われれば、友人たちも拒否はできない。


 イーユーは質問攻めには参加せず、少し離れた所でその光景を眺めていた。

 「本意か。どれがシーファの奴の本意か。俺には分かりかねるな」

 イーユーは義父の意見に必ずしも賛成ではないようだが、隣に控えているウー・グンリャ高級刑吏官は養父の意見に賛成のようだ。

 「それはもちろん犯人逮捕に決まってるっすよ。シン高級刑吏官は正義に燃える立派な刑吏だったすからね」

 (それはどうかな)

 シーファの仇討ちに燃えるイーユーだったが、それは疑問だった。

 性格的にもだが、能力的にも、将来性はともかく、イーユーの現時点でのシーファの評価はあまり高くなかった。


 シーファの単独捜査の期間はあまり長くなかった。わずか十日ばかりのもの。

 評価の高くないシーファが、それで犯人までたどり着いたとすれば、足りてないのはちょっとしたこと。ちょっとした情報ではないかと、イーユーは思っていた。

 もちろん、事件と関係のない通り魔的犯行とも考えられるが、その場合は、誰か他の奴が調査しろ。自分はターホゥの事件の犯人と同一犯と見て捜査するとイーユーは決めていた。


 イーユーとウーはシーファの単独捜査時の軌跡を追い、すでに彼の義祖父から話を聞いていた。

 シーファは「ファン・ウィーゼン将軍」の事を聞いてきた、と。


 「ファン・ウィーゼン将軍というと、ファン家の人間っすか?」

 「ファン・ウィーゼン将軍……たしか」

 「五年前の戦役で龍帥閣下の副将として参陣。特進して将軍になられた方ね。正確にはファン・ウィーゼン元将軍ね」

 葬儀に参列していたのかイーユーたち第参局の隣の第四局の高級刑吏官、ガー・クーチャオが話に入ってきた。

 「その方がどうしたの? 事件に関係あるっていうの」

 「いや」

 イーユーは否定する。

 「あいつのことだから、どっちかって言うと、その上司を――元上司か。元上司の龍帥閣下のことが知りたかったんじゃないかな」

 シーファが単独捜査で追うとなれば、その件しか考えられない。ホウ・キュシンから聞いた脅迫者の件が事件に関係ないとすれば、特に。

 「でもそれだと……シン君は龍帥閣下を調べていて殺されたことになりません」

 ウーの声は徐々に潜められていった。

 「じゃあ、本命は……その龍の方? それあるの?」

 カーも声を潜め言葉を濁す。

 「どうかな」

 イーユーはその線には否定的だった。


 権力による隠蔽を暴くべく、圧力にも負けず犯人を追う。

 イーユーの中ではシーファはそんなキャラではなかった。

 どちらかと言えば、勇んで調べるも、本当にヤバイとなれば立ち止まってしまう。

 どうしようと泣きついてくればまだましな方で、一人で抱えたままにっちもさっちもいかなくなって何もできなくなってしまう。


 よく言えば慎重。悪く言えば臆病。

 刑吏に命を懸けるほどの覚悟が決まっているように思えなかった。


 だとすれば、シーファが追っていたのは自分一人でどうにかなると思える相手。しかし、目論見が外れて負けた。

 そうでなければ、殺されるほどのところまで踏み込めない。

 そうイーユーは評価していた。


 そんな長い付き合いでもなかったが、そう決め打ちして考えを進めている。


 「あんたはそう思ってないってこと? どんな根拠で?」

 「勘だ」

 「何よそれ。どのぐらい当たるのよ。その勘は」

 「三割ってところだな」

 「また、微妙な割合ね。当てになるのそんなので」

 「だから、三割ほどは当てにしてる」


 「しかし、本当にあの方なら逮捕はできないっすね」

 それを言ってしまえば濁した意味はない発言を繰り出すウー。

 本当に名前を言ってはいけないわけでもない方が犯人だとすれば。それもまた理不尽。

 だから、あいつは……。 


 またしても頭に血が昇りそうになったイーユーは首を振って、その考えを追いやる。

 「ともかく捜査日数的には、そんなに突っ込んだ調査はできてないはずだ。とすると、何か切っ掛けか情報があったんだ。あいつが知ってて、俺たちが知らない何かが」

 葬儀場を見渡し、シーファの友人と思しき若者に目星を付ける。勘で。

 「俺の勘は三割当たるかなら。四人に聞けば十割を超える」

 「そんな計算はないわよ」

 すげなく否定しつつも、ガーもイーユーたちに付いて、友人への聞き込みに参加した。



 一人目はシン家の私塾での同期。シュイ・シャオピン。

 元刑吏が教えるいわば刑吏学校のような塾をシン家は自費で開いており、シーファも刑典庁に務める前はそこで学んでいた。

 シャオピンもその私塾に通っていたが、途中で止めた。

 シン家の私塾は刑吏用の学習のみを施されるが、シャオピンはそれ以外の学問に興味を持ち刑吏を目指すのを止め、一般の私塾に就職することにした。

 稀本集めが趣味であり、本人も編纂するらしい。世相風俗本の執筆も行っており、シーファからその辺りの知識を頼りにされていた。

 最後に会ったのも、その用事のためであり、現代の世相風俗についてシーファに語って聞かせたと言う。


 一月ほど前の時の事だ。



 二人目は軍人。マー・リーイン。

 シーファとは相親で会ったとのこと。(相親=要は婚活パーティのこと)

 事情があり婚約者を失ったリーインはこの婚活パーティでシーファと知り合った。シーファもシン家の人間、しかも養子ということがありパートナーがいないので参加していたとのことだったが、親の言いつけで参加していており、あまり乗り気ではなかったとのこと。リーインは何度も婚活に参加しているベテランで、シーファに婚活作法を教えたと言う。

 自慢げに語るリーインにイーユーたちは自慢できることかと思ったが、口には出さなかった。

 最近はシーファには会っていないとのことで、終わり際には「捜査頑張ってください」と軍隊式の敬礼で送り出してくれた。

 捜査に協力的な人物だった。



 三人目はシン家に出入りしていた商人。ユイ・シャンマオ。

 シーファの実家に口利きに入っており、必要な商品を仕入れて売る。顧客のニーズに答えるため普段から顧客とよく会話をし、顧客の薄ぼんやりした要望を具体化し、商品を紹介する。

 最近シーファは「酒」を要望しており、実際に試飲してみてはと、シャンマオのおごりで居酒屋に連れていくこともあった。

 つい先だっても二人で酒を飲みに行っており、その際に酔ったシーファが龍帥への疑いを口にしたため、即座に酔いの冷めたシャンマオが声が大きいと抑えたという一幕も。

 その際、声をはばからずに発言できる場所として、現場となった出会い茶屋を紹介したと言う。



 四人目は養子に出る前の家からの知人。ウェイ・クァン。

 養子に出る前のシーファは貴族の落胤とは名ばかり。実家からの援助は雀の涙。自分たちで生活を稼ぎ、なんとか口に糊していた。そんな時代からシーファとは友人だったと言うクァン。シン家に行ってからも、刑吏になってからも交流は続いていたという。

 場違いではないかとひるむクァンに、イーユーたちは付いて行くことにして、共に死者への弔いを行った。

 帰り際、シーファと会ったのは死の前日であり、平民街について詳しく聞かれたことを語ってくれた。

 


 「皆さん、朋輩ともの魂の安らぎのために、快く協力してくれったすねえ」

 「快く……ねえ」

 ウーの楽観に胡散臭そうな眼差しを向けるガー。あんたも何か言いなさいよ、とイーユーに視線を向けたガーの動きが止まる。


 「……」


 無言のイーユーにガーは只ならぬ雰囲気を感じ取った。


 「……ちょっと」

 「……ん? ああ、ちょっとな。……これだけ捜査が滞ってくると、そろそろかな、ってな」

 へらへらと締まりのない笑いを見せるイーユー。

 「……ちょっと、何する気なの」

 イーユーの様子に不気味さを感じ、警戒するガー。

 「別に。俺が何をするってわけではないさ。そろそろ捜査方針がそうなるだろうなって、思ってな」

 「あっ、そうか。そろそろっすね」

 ウーも同調し、ますますガーは不安を覚える。

 「だから何がよ。参局は何をする気なの」

 「ん~~」

 イーユーは気楽にうなった後、答えた。


 「疑わしきは罰する」


 「そうっすね」


 「間違ってたら釈放する」


 「そうっすね」


 釈放以外のことはしない。

 対象は容疑者。容疑がある者。それ以外の条件はいらない。




 「……そうなる前にケリをつけ――られるかな?」

 顔をしかめるガーを前に、イーユーは気楽な口調で、そう言ってのけた。


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