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大逆罪 以外 無罪  作者: 園日暮


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10/14

十 龍帥


 今より二〇〇年ほど前の事。揮皇一六七年。


 建国当初より無秩序に増築され膨れ上がった帝都。その区画整理が大々的に行われることになった。

 特に中央街道は鳥害がひどく、鳥の糞で塗装されているなどと言われている有様だった。

 そのため担当役人は鳥害から逃れるべく、様々な方策をとった。

 その中の一つに、中央街道の街路には鳥や犬などが決して口にしない植物を植えるというのがあった。

 これで景観も崩されず、糞尿汚れも解消される。

 なぜ鳥たちはその植物を口にしないのか。それは毒性があるから。


 二〇〇年が経ち、人さえ殺せるその毒性植物は帝都中に分布を広げ、年に百単位の中毒者を毎年生み出している。

 この毒による毒殺者が出ても、毒から犯人にたどり着くのは不可能だろう。










 「龍帥に面会すると言ったって、どうやってっすか、スーさん」

 ウー・グンリャ高級刑吏官の疑問にスー・イーユー高級刑吏官は答えを持っていた。

 「捜査の進捗を報告するように言われてるんだ」

 「はあ、言われてても報告するのはスーさんじゃなくて、上の方の人がすることじゃないっすかねえ」

 「妹様にも言われてる」

 「はあ……そっちは上からは報告がいかないかもしれないっすけど、龍帥閣下の方から知らされるんじゃないっすかねえ」

 「知らせて来いと言われてるんだから、知らせても悪くはないだろう」

 「そうかもしれませんが、それで?」

 「報告のついでに龍帥閣下と面会できないか、頼んでみる。捜査に必要だと言って」

 「なるほど。でも、それで面会できるもんっすかねえ」

 「頼む」

 「あたしらだけで面会できますかねえ。今度は上司は付いてきてくれないと思いますよ」

 「頼む」

 「よしんば妹様の……えっとツォラン様が閣下に頼んでくれたところで、閣下が首を縦に振りますかねえ」

 「頼み込む」


 こりゃ駄目だ、とイーユーの説得を諦めたウー。 

 まあ、やるだけやってみようとツォランの元に文を届けることになった。



 あっさりとできた。




 再び、龍帥府にやってきたイーユーと、初めての来訪のウー。

 二人は以前シーファと来た部屋に通され、龍帥ロン・ホウ・ティーエンと対面していた。

 龍帥の妹ホウ・ツォランの姿もある。護衛たちもしかと控えている。

 刑典庁からはイーユーとウーの二人だけだ。上司の同席はない。龍帥が許可した。


 まずはイーユーたちから捜査の進捗に付いて詳細な説明がなされる。

 それが終わった後、イーユーはおもむろに書簡を取り出し、差し出す。

 秘書官が受け取り、中身を確認しようとするが、

 「それは秘事。閣下にのみ確認して頂きとう存じます」

 顔を不快気にしかめる秘書官に、ティーエンは構わないからそこのまま渡せと、指で指図する。秘書官の手から書簡を受け取り、中身を確認するティーエン。

 誰にも見えないように書簡を開き目で追うティーエン。その視線は一度も止まることなく流れ、平易なまま書簡を読み終えた。


 「別に構わんが、これは必要な事か?」

 ティーエンの質問には何の感情も乗っていなかった。

 「私は構わんのだが、人に話すような事柄でもない。貴官もそう思ったからこんな形で聞いてきたのだろう」

 龍帥の無の眼差しがイーユーに刺さる。

 温度がないというのは冷たいということではない。

 温度がないというのはすべてが静止すること。

 絶対の零度。


 そんなことをイーユーが感じたかはさておき、

 「――問おう。これは本当に捜査に必要な事か?」

 再度問われる龍帥の零度の諮問に、隣にいるだけのウーの方が震え上がる。

 しかし、


 「正直……私の頭では分かりかねます」

 イーユーの返答には震えが見当たらなかった。

 「これが本当に事件解決に必要な事なのか。――ですが」

 イーユーの眼差しの中には零度でも止まらない熱が宿っていた。

 「引けないのです。あいつが――俺の相棒が引かせてくれないのです。だったら、小官には自分にできることをすべてやるのみです。どんな疑惑でも、関係あるのかないのか不明な事柄でも、すべての疑惑を徹底的に晴らしていく。小官にはこんなやり方しかできないのです。…………閣下のご不興を買いましたなら、処分はいかほどにも」

 「一つの疑惑を解いても、また別の疑惑が出てくるだけだと思うがな。いいだろう。そちらの控室で話すぞ」


 ティーエンは了解した。やはりそれは最前のイーユーの言葉にまるで影響されていない熱のない了解だった。


 「閣下!」

 護衛たちを交えないで密室に籠ると言う龍帥に部下たちは気色だつ。

 「私が後れを取るとでも思うか」

 「それは……、だからと言って」

 イーユーは秘書官の前に両手を差し出す。

 「縛って頂いても構いません。いかようにも拘束して頂いて結構です」


 イーユーの気迫と龍帥の承認に負け、秘書官たちは拘束もせず、二人きりになるのを許した。


 「あたしはここで待ってるっす。知る人は少ない方がいいでしょう。それにスーさんほどに覚悟を示せないっすから。その代わり、まかせたっす。スーさんが満足するまで存分にやってくださいっす」


 「え~兄さま。私も聞いちゃ駄目なんですか~」

 ツォランが兄に縋り付くも、駄目だしされている。

 イーユーにはその口調が幼く感じられた。他の人間と話している時とは明確に態度が違う。

 ティーエンの方も、他への零度の接し方でなく温度を感じさせる対応をしている。

 家族に対してはそうなのだろうか。

 妹だけか?

 この妹だけか?

 そして、肝心なのは、()にはどうだったのか。


 被害者とティーエンの親子関係は普通。

 決して仲がいいというほどではないが、一般の父と息子ならそんなにべたべたしないのは当然。それぐらいの関係であると証言を得ている。

 むしろ、それしかない。

 誰に聞いても同じ感想しか出てこない。

 だから、却って怪しい。


 通常、どれほど周りからあからさまな関係に見えていても、証言には証言者の主観が混じり、証言内容にはブレが生じる。

 調べた範囲ではこの親子の関係性についての証言には、一切それがないのだ。

 すべての証言者が一律に同じ内容を述べる。

 それがはたして、今回の事件、そしてシーファの事件となにか関係があるのか。


 イーユーは考えつつ、隣室に歩を進めた。



 ボディチェックは龍帥府の門と、建物に入る時と、この部屋に入る時。三度、行っている。

 さらに再度のボディチェックを終え、イーユーはティーエンと二人きりになった。


 ティーエンが書簡を広げる。

 「私がファン家の血を引いていない。その嘘に違和感を感じたのだったな」

 ティーエンは問答もなく、すぐさま本題に入った。

 それはキュシンからシーファが聞き、シーファの死後イーユーが聞き、家令から嘘だと聞いた話だった。

 嘘。

 それは何でもいいはずだ。ターホゥの隠していることを暴くための嘘なのだから。なのに何故この嘘だったのか。

 それがイーユーには引っ掛かっていた。

 家令ヘイダンの立場からして、嘘でも言いたくないような事柄だと思える。それが何故、何でもいいだろう嘘に、自分が言いたくないような内容の嘘を選択したのか。

 あえてこの嘘にした理由。それがあるのか。


 「ふむ、ヘイダンの心境までは把握できぬが、……そうだな。まずは……」



 「母上は子を産めない体だったのだ」

 「……? ……! それでは!? ファン家の血を引いていないというのは!」

 思わず声を荒げるイーユー。部屋の防音はしっかりとなされており、声は漏れないと聞かされていたにもかかわらず、思わず出た声に自分で焦る。

 「そうではない。そんなことは許されない。許されなかった。そうであろう」

 対称的にティーエンの声は憎らしいほどに平静だ。

 「父上は他のファン家の娘との間に子を作った」

 自分の出生の話をしているというのに、ティーエンの言葉はまるで他人事のようだ。

 「……そうか、そうですよね」

 その平静な他人事さに触発されたか、イーユーも落ち着きを取り戻してきた。

 「母上の主導だったそうだ。父上はむしろ嫌がったと聞いている。私の生まれる前の事、どこまで信憑性がある話かは保証できかねるがな」


 落ち着いて考えればそもそも、ホウ家次女の母親が、そういった目的で前妻の嫁入りに付いてきたと聞いていた。

 ではティーエンの実母は次女の母親であるのか? そうであれば、次女のホウ・チーシャンとロン・ホウ・ティーエンは同腹の兄妹になるのか?

 ホウ・チーシャンはそのことを知っているのか? 知っているとすれば……

 同じ母を持つ兄は正妻の子として扱われ、特別扱い。その傍にいるのは自分ではない、特別扱いの別の正妻の子である妹。

 屈折した感情をもつのは自然な事と思える。

 いや、だからと言って、その感情の矛先が父親に向かうのか? では、事件とは関係ないか……? ……!


 その時、イーユーの中で断片的に存在していた歯車が嚙み合った。イーユーにはそんな気がした。


 ホウ家の未亡人。被害者の後妻、ホウ・レンファ。ティーエンの母とされているホウ・ティーランの妹。

 彼女を見た時にイーユーは違和感を覚えた。事件に関係あるとも思えなかったので、その時はそれきりで思考の外に出していたが、その違和感の正体に今気づいた。

 彼女の年齢だ。


 前妻であるホウ・ティーランが被害者に嫁いでから病死し、彼女が後妻に入るまで十年の年月を要した。

 姉とは五才違いのはず。

 名家ファン家の本家の娘にしては、ホウ家に後妻として入った時点で年齢が行き過ぎている。それが被害者の再婚まで未婚だった。貴族の娘としてはとっくに嫁いでいておかしくない年齢だ。相手が見つけられないような家でもあるまいし。

 前妻が死ぬ可能性を考えて予備の政略結婚道具として留め置かれていた。現に十年足らずで病死しているわけだ。胸糞悪いがありえるか?

 それとも他の事情でもあるのか。傷跡(・・)であるとか。


 イーユーの思考はそこまで行って、おぞましいことに思い当たる。


 ……だとすると、龍帥と同腹であるのは……。

 待て、当時何歳だ?

 それか? 自分の扱いを恨んで凶行に及んだ。その可能性はあるのか。


 「疑惑は増えるばかりだろう」

 「―――っ!」

 こちらの内心を見透かしたかのようなティーエンの言葉にイーユーは我に返った。


 そうだった。

 イーユーは事件に関係するかはっきりしていない疑惑でも、すべての疑惑を晴らすためにティーエンに二人きりの密談を望んだのであった。

 それが疑惑を減らすどころか増える一方ではないか。

 この部屋に来る前にティーエンの言った通りになっている。

 心が読めるとでもいうのか。

 それに今の言葉。その言葉には普段と変わらず、全く温度がなかった。

 普通、自分の予想通りになったと、得意げな口調になるのではないか。

 話の内容にしてもそうだ。こんな内容の話に感情が見られない。ただ、話すべきことを選んで選択しているだけ。


 ここでまた、新たな疑惑が生まれる。


 ただ、適切と思われる行動と言動を取っているだけの、心ないカラクリ。だったらやるのでは。

 生かしておいても害悪だ。殺しておくべきと判断すれば、実の父でも躊躇なく殺害するのでは?



 いけない! 疑心暗鬼になりすぎている。

 単に、俺が見透かされて当然の言動を取っていただけだ。

 ちょっと話を聞いただけで、黙り込んで考え込む。これでは周りから丸わかりになっても不思議はない。


 「失礼しました」

 「本当にな」

 こんな所で温度を感じさせる発言が出てきた。本当に龍帥の精神構造が理解できなくなるが、イーユーは今度こそ迷いに落ちないよう、そのことは思考の枠外に追いやった。

 自分にティーエンの考えは理解できない。そう諦め、本来の役目に戻る。


 「閣下、では」

 「ああ、そうだったな。ヘイダンのついた嘘の件だな。……父上も完全に的外れな嘘なら、脅迫になど応じないだろう。たとえ、秘密とやらを抱えていてもな。真実でなくとも隠しておきたいことにかすっている嘘だった。だから――ヘイダンの言っていた『本当に隠しておきたい秘密を探られないために嘘の脅迫に応じた』、そういうことだろう」


 そして、イーユーが家令ファン・ヘイダンに感じた疑惑。

 それは家の秘密を話すわけにいかないゆえに生じた、わずかな隠し事。

 それを疑惑として感じ取った。



 つまり事件には関係ない。


 証言をすべて信じるならば、だが。



 だが、イーユーに落胆はない。

 どれほどの無駄を演じても、必ず真実にたどり着く。その覚悟を持って捜査しているのだ。


 落胆を感じるとすれば、そんな方法しかできない自分自身にだ。


 「ご協力大変感謝いたします! 龍帥閣下!」

 胸の前で広げた掌に握った拳を重ね合わせる。拳は利き腕。そして利き腕の方の手首を折り曲げる。まるで自分で自分の手首を折ろうとしているかのように。

 これはあなたの命令があればいつでも自分の利き腕を折ります、という意思を示す。揮国における最敬礼を示す姿勢を取る。


 「ああ、期待している。是非とも犯人を見つけ、知らせてくれ」

 それに対するティーエンの返答は、やはり温度のないものだった。


 イーユーは落ちついていた。

 こんな温度のない言葉では戦場で指示を出した所で、配下は従わない。絶対的な実績を持つ今ならそれでも従わせられるかもしれないが。それがなかった当時(・・)にそんな真似はできない。

 ……つまり、今、温度のない()()は、()()()()()に過ぎない。


 俺には龍帥ロン・ホウ・ティーエンの思考を理解することはできない。それは諦めた。

 ただ、龍帥ロン・ホウ・ティーエンは自分の前に、真の姿を何もさらけ出していない。


 それだけは理解した。



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