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【8】「追憶」

~以下追憶~【アシナメの記憶】

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


魔族ゲルアントの名家スガーラ家に産まれた俺は、

生まれてこの方、何不自由ない暮らしをしていた。


その暮らしは、俺にとって

楽で仕方のない怠惰な暮らしだった。


勉学には身が入らず

他人との交流も適当にこなし

為体ていたらくな生き方を選んできた。


全ては、その方が楽だったからだ。


難しい事は何も考えずに、

ゴロゴロと寝そべって暇を潰していれば


飯は用意され、

服は新品に袖を通し、

家も綺麗に掃除してもらえる。


楽で楽で仕方がない。


逆に、義務や職務なんてものは、

面倒で仕方がなかった。


面倒くさくて

もうたまらなくて

本当にやりたくなかった。


今こうやって楽に過ごしているのだから、

必死になって努力する意味がわからなかったし、

やらなくても生きていけるのだから

なおの事、わずらわしく感じられた。


俺だってそれじゃダメな事くらいわかっていた。


感情と向き合い、頑張って何かを成さないと何も得られない。

そんな当たり前の事は承知の事だし、その片鱗へんりんも多く経験した。


でも、その度に便利な言い訳をして逃げ回った。


別に、何も得られなくても良い。

こうやって楽に過ごせれば高望みはしないんだから

どうにかやっていけると。


そんな俺を、両親は見捨てなかった。


俺が前を向いて生きられる様に、

たくさんのチャンスをくれた。

いくらでも援助してくれた。


でも俺はそれを、うっとうしく払うばかりで真面目にせず。


そして、いつしか俺は

やれる自分、できる自分を演じる様になった。


もとより口が達者だった俺は、

「回心した」「家業を全うするのが家を継ぐ俺の義務」

などと、聞こえの良い言葉を並べて両親を安心させた。


両親は「大きくなったな」「立派になったな」と褒めてくれた。


でも、その裏では、ダラダラと為体ていたらくを満喫していたんだ。


商人家業というのはベースがある。

太い取引先や、商人同士のつながり、仕入先などがそうだ。


もともと家が作ってきたそのベースが有れば、

そんなに苦労せず、それなりに、

適当にこなしていても十分に仕事は回った。



でもとある日、ついに俺に大きな商談を任せる話になった。



それまで、日々研鑽する自分を演じてきた俺は焦りを感じ、


それなりに下調べして、

それなりに予備知識を蓄え、

それなりに準備を進めた。


心のどこかで「いつもみたいにどうにかなる」という気持ちがあった。


でも、どれだけやっても所詮は演技。

身の入っていない行動に、結果はついては来ない。



商談は大失敗だった。



それも初歩的な勘違いや、

面倒だからと適当にした書類の見直し、

甘い見通しからくる期日のずれ。


全ては怠け癖でやらなかった事、それが原因だった。


そんな事は目に見えていたというのに。


父は俺を、叱咤しったした。それは俺に期待していたからだ。

母は俺に、同情した。それは俺が本当に頑張っていたと信じていたからだ。


そんな状況が怖かった。


自分ではどうにもできない状況に

無力感と情けなさでいっぱいだった。


もう全部が嫌になった。


だから俺は逃げ出した。


「兄さま兄さま」


忘れない光景、枕を両手に

立ち尽くす妹の不安そうな顔。


夜中、皆が寝静まった時間に俺は逃亡を図ったが、

偶然起きて来た妹に見つかってしまった。


俺の妹は、線の細い華奢な少女で、

グレーの癖っ毛が跳ねて愛らしく

俺にとても懐いていた。


厳しく、堅苦しい貴族家の人間の中で、

俺だけは形式に甘く、作法に緩い。


俺は妹を絶対に叱ったりしなかったし

辛いことがあった時や、悲しい時は、

妹は俺の部屋に枕を持ってやって来て

甘えながら眠りにつくのだ。


そんな妹の事が、

俺は本当に可愛かったし

大事に思っていたんだ。


本当に大切だったはずなんだ。


「メグ…兄ちゃんな…もうここには居られないんだ」


「え……やだ…やだやだ!!やだよ兄さま!!

 一緒にいてよ兄さま!!!」


「すまん。でも!きっと父さんたちが

 なんとかしてくれるから!!」


「やだぁあ!!行かないで!!

 行かないで兄さま!!兄さま!!!」



俺は、駄駄を捏ねて抱きついて離れない妹を、

無理に引き剥がして夜の町を走った。


胸にはまだ妹の体温が残っていた。


それが冷えて無くなっていくのと同時に、

俺の心から、人間性がボロボロと崩れていった。



それから数年経ったある日、

俺はギルドの掲示板で『名家スガーラ家没落』の記事を見た。


俺が犯した失敗が、運の悪い方向へ転がった顛末てんまつだった。



父と母は、行方が分からず。

妹は、娼館しょうかんに売り飛ばされた。



これが、俺が目を逸らし続けた

虚しさ。大穴の正体だ。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

~以上追憶終わり~

 


「妹はな…あんなに可愛かったのに

 あったかくて…小さくて……

 守らなくちゃいけなかったんだ。

 父さんも母さんも…俺を愛してくれたのに

 俺は……自分可愛さに逃げ出したんだ」


「…………」


俺の独白を聞いたネモは、

眉間にしわを寄せて何も言わない。


「手を抜いた。めんどくさがって

 俺にしか出来ない事を投げ出した。

 そんな事…後から後悔してもおせぇーんだよ」


俺は、湧き上がる激情を静かにして

まっすぐネモに向き合う。


「なぁネモ。

 やるべきだったタイミングで、

 頑張らなかった野郎が、どんな人生を歩むか分かるか?」


どれだけ時間が経っても

劣等感と自己嫌悪だけは、

絶対に俺を許してくれない。

その生き地獄を歩くはめになる。


俺は再び、戦地に向いた。


見たこともない凄まじい魔法のぶつけ合い。

魔法使い同士の殺し合いに、

正直、体はブルってしまう。


「ここでまた逃げるくらいなら。

 死んだほうがました」


それは、俺が、俺自身に言った言葉だ。


「それはまやかしだ。

 感情に揺さぶられた誤った事だ。

 無力なあなたに出来る事なんて何もない。

 ……あそこに居るのはあなたの家族じゃないんだ」


「そうだな。

 だがな、こんな俺でも

 命を張れば、乗客を逃がしてやるくらいは

 出来るかもしれない」


「死ぬだけだと思います。

 無駄死にだ」


「ああ。その無駄死にで俺の心が満足して

 俺を許してくれるのなら、俺は喜んで死ぬよ」


胸に火がついた。


乾いた風に晒され続けたんだ、

こいつはよく燃えるぜ。


俺は、走り出した。

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