【6】「本当の名前」
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【視野9】「ネモ」
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私は、永らく忘れていた感情の高まりに身を任せた。
それは、記憶が正しければ『怒り』だったと思う。
古い師を辱められた怒りと。
希望を蘇らせてくれた友を殺してしまった自分への怒り。
遥か昔に、あらゆる感情を捨て、
無思慮に生きてきた私は、
すっかりと忘れてしまっていた。
感情に身を任せては、その本懐を遂げる事はできないのだ。
それを思い出させてくれたのは、
古い友と、若い少年だった。
彼らの言葉を聞き、私はすべき事を知り
それが自分のやり残した、
物語の続きであると知った時。
感情の上に位置する、
気高い意思をこの胸に取り戻した。
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少年アキヒロと2人で、
魔勇者を見た時、私は酷く驚いた。
ヨールーの存在について、私はとても信じられず、
どこか、信用半分で聞いていたからだ。
だが、あれから感じるのは、
間違いなくゲルドパンの魔力。
生まれ変わったとしても忘れはしない。
魔勇者ヨールーは、間違いなくゲルドパンの転生した姿だ。
「なぁ……ネモ。
やっぱあんたが戦ってくんないかな?」
アキヒロは、魔勇者ヨールーを前にして、
臆病風に吹かれたようだ。
よく分かる。
アレの前に立つ事は、まともな神経じゃ無理だ。
だが、私はそれを承諾する訳にはいかない。
「パンツォールは、新たな持ち主を選んでいます。
今更、私が行く必要はない。
心配する事はない。
君は1人で戦う訳じゃない。
英雄はもう居る」
私は、ヨールーの攻撃を全て受け流す少女と、
その手にあるパンツォールを見て確信していた。
あの戦いは、あの少女が成すべき天命なのだと。
「それにアキヒロ。私はウドドの列車へ向かわなければなりません。
あの列車には因縁があるのです」
記憶に新しい、あの日死んだ友。
不器用に生きてきたが、
最後は勇敢に人生を全うした、
ケチな商売人の顔が浮かぶ。
「そうか〜はぁ〜っ、
ほんじゃ、いっちょ主人公してくるか〜」
アキヒロは、覚悟を決めたのか
こちらに手をあげて挨拶してから、短剣を手に戦地へと向かった。
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私は、スキルを駆使して
線路を逆走していた。
山岳地帯を迂回する線路を山越えで短縮し、
ウドド線から向かってくる列車を目指した。
あの日も、ウドドの列車を止めようと動いたが、
今度は意味合いが全く違う。
今度は、自分の意思と明確な使命感がある。
使命感。
かつては、原動力そのものだった感情だ。
使命感に駆られ、それが正義だと信じ
身を粉にして戦い抜いた。
その道の終点で私たちを待っていたのは。
薄っぺらな名誉と、
泡のように消える栄光だった。
仲間は誰1人として幸せになれず。
ただ、各々、人生を損なう
ハンデを負っただけだった。
そして、
私が絶望し、使命感を完全に失ったのは…
きっと、老いさらばえた彼女が、
後悔の言葉を残して永眠した時だと思う。
『この心は、私を許してくれない。
こんな後悔に怯えるくらいなら。
あの時、死んでいれば良かった』
そう言って瞼を閉じた彼女の顔、今でも忘れられない。
呪われたこの身は、永遠に死ぬ事が叶わず、
触れただけで命を奪うこの身は、もう人助けすらできない。
誰の役にも立たなかった。
誰の役にも立てない。
そんな私に、価値などあるのだろうか?
アシナメの言葉が蘇る。
『なぁネモ。
やるべきだったタイミングで、
頑張らなかった野郎が、どんな人生を歩むか分かるか?』
分かるさ。
誰よりも。
『ここでまた逃げるくらいなら。
死んだほうがました』
貴方は生きる事に真摯だ。
不死身の私より、よっぽど。
『どうしてそんなに臆病になったのか
なんで人と接するのが面倒になったのか
聞かせてくれよ!!いいだろ?』
貴方に、私の話を聞いてもらいたかった。
貴方になら、きっと理解できるだろうから。
その命を奪った私が、
こんな事を言って良いのか分からない。
でも、この『使命感』は、貴方からもらったものだ。
「見ていてくださいアシナメさん。
今度は、使命感を持って
この列車を止めてみせます」
線路を進んでくる、ウドド運行列車。
その煌々とした二つの丸目は、
もう目の前まで迫っていた。
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脱線ギリギリの速度で走行する列車は、
すでにコントロールを失っているように思えた。
屋根をぶち抜いて、車両内に侵入した私は、
列車の最前列へと向かう。
そこには、艶やかな赤毛に、翡翠色の目をした
息を飲むほどの美しい少女が居た。
この女が【聖女ドドゴミン】の因子を受け継いだ聖女か。
あの……清廉なるドドゴミンの……
全身の筋肉に、力が入り膨張する。
ミシミシと骨が軋むのを体感する。
「貴様……よくもドドゴミンの顔に泥を塗ってくれたな。
彼女は…勤勉で大らかで……生き絶えるその日まで、
核を残し、神を殺しきれなかった事を悔いながら、
生涯を一つの魔法に捧げた……」
鳩尾の辺りから火薬が燻る。
今にも、少しのきっかけで火柱を上げるだろう。
「お前は……それを侮辱した。
……よりにもよって……
あのゲルドパンに……寝返るなど………ッ!!!」
聖女ナオは、冷たい目でこちらを見ている。
にも関わらず。
その瞳には……どこか高揚して見えた。
「やけに……聖女に詳しいんだな」
鈴のような澄んだ声で、聖女ナオが喋った。
「………………」
私は、押し黙る。
ナオは、俺を目で捉えて離さない。
どうやら黙りでは、去なせない様だ。
「それで大男さん。
あんたは一体何者?」
「私は……」
私は『ネモ』……名を捨てた落伍者。
呪いによって人の営みを断たれた、心の折れた戦士。
そして………。
「私の名前はヘシオム。
かつて、神を殺した男だ」
【伝説の3人】として語り継がれる、その1人であると、
私がそう告げると、聖女ナオは目を丸くした。
また、口元を崩して、軽く微笑んだ。
「何が可笑しいんだ……貴様」
そう言って威嚇したものの、
不思議と、その笑みは不快ではなかった。
ただ嘲笑するのでは無い、
もっとフランクな笑いだったからだ。
「いや……自分の見る目のなさと、
勘の鋭さに笑えてきただけさ」
……何を言っているのかわからん。
これ以上、こいつと話すのは無駄だ。
「聖女の名を汚した罪……その首を持って払ってもらおう。
このヘシオムが、直々に下してくれる」
私は、列車の窓枠を引っぺがし、それを媒体に魔力を注ぐ。
固有スキル【魔力相転移】
一撃で仕留める。
「神の肉体を殺した、必殺の一撃を受けてみるが良い」
「心は……」
「?」
「満足しなかったよ。
許しちゃくれなかった。
でも…それで良かった」
「…何を……言っている?」
「だから…また。
こうやって逃げずに居られた」
「お前……待て……何を…」
「なぁ……こっちの計画に乗っかるつもりはないか?」
………!?




