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【9】「勇者」

金の刺繍が、皺の入った白衣に埋もれ、

頭部をなくした体が、崩れる様に倒れた。


黒衣に身を包んだ僧兵が、

ゆっくりと地に足を着け、

左手に持ったショートソードから、

ポタポタと血の雫が滴る。


僧兵は、転がった頭部を見つめながら

分厚いフードをめくりあげて素顔を晒した。


僕よりも低い身長。

褐色の肌に、細く流れる様な白髪。

そして真紅の瞳。


いったいどこから現れたのか、

その少年は、平然とそこにたたずんだ。


「マルケリオン…が………そんな…」


キャリバンが、放心してその場に崩れた。


僕だって同じだ。



ヘシオーム王国最強の魔法使い、

大賢者マルケリオンが、いとも呆気なく殺されたのだから。



「ナオ!!そいつに魔法を打ち込めぇッ!!!」


僕は咄嗟とっさに聖女の力を求めた。


こうなったら【英雄】と【聖女】の力で、

ゴリ押すしかない。


「ぁ…っく……あっ……マルケリオン…さ…ま

 …どうして……ひどい…ですぅ」


しかし、彼女はそんな精神状態じゃなかった。


歯を食いしばり、目を見開いたままで、

その手にはスタッフすら無い。


ナオは使いものになりそうにない。


「なんのための『才能ステータス』なんだよッ!!!」


僕は、相手に向き、剣を突き付けた。


1人でも、この少年を倒さなければ…

こいつが普通の僧兵じゃないことを祈るよ。



覚悟を決めるしかない。



「英雄ヘシオムの後継者。

 サクラマコトだ!!

 僕と戦えッ!!!」



褐色の少年は、真っ赤な目で僕を見た。


暗い暗い闇の中で、

骨と臓物ないぞう咀嚼そしゃくしている

トグロを巻いた巨大な怪物。


そんな化け物と対峙した様な、

途方もないプレッシャーに押し潰されそうになる。


少年は、滴る血液を俊敏しゅんびんに払い飛ばし、

僕に向けてショートソードを突きつけた。



「勇者アヌロヌメの後継者。

 ヨールーだ。

 殺し合いを受け入れる」



……は?



待てよ………


待て……待て…待て待て!!!

こいつ今なんて言った!?


勇者アヌロヌメ?


その後継者って言ったのか!?


どういう事だ!!?

だって勇者は…あのアキ……



「ッ!!」



凄まじい敏捷びんしょうを持ってして、ヨールーが僕に迫る。

全身に魔力を注いで、身体能力を最大限に強化した。


「うわぁあああッ!!!」


だけど、間に合わなかった。


僕がたった一つの言葉で、

意識を揺らされている間に、

ヨールーは僕の体を切り刻んだ。


信じられないくらい

リアルな痛みが全身に走る。


とても立っていられない。


満遍なく体全体が痛みに震えるので、

何をされてどこを負傷したのかわからない。


肉眼で確認して、ようやく僕は、

自分の左腕がなくなっている事を知る。


その事実は、実に効果的に、僕の闘志を奪い去っていった。


「弱い。……英雄ヘシオムの後継者とは思えんな」


「あ……あああ!!痛いッ!!痛いぃ!!!」


「情けのない。がっかりだ」


死ぬ……嫌だ…死にたくない。


「く…くるなぁ!!

 殺すな!!殺すなぁああ!!!」


僕は情けなく絶叫する事しかできなかった。


実力の差がありすぎる。


僕が砂つぶすら当てられなかったマルケリオンを、

一撃で斬り殺す様な相手だぞ?


こんな化け物に勝てる筈がなかったんだ。



………この、どうしようもない感覚は…

…身に覚えがある…これは……




『なんでだよ!?真ん中ストライク!!めちゃ良い球じゃんか!?

 これ打てないとか…マコト、お前、やる気あんのか?』


『よっしゃぁ!絶対二塁でイケると思ったんだ!!

 センスがちげぇーよッ!!オレすっげぇ!!!』


『今日の勝利は西田のプレーが光ったおかげだ!!!

 素晴らしいフォローだった!!全員拍手!!!』




あぁ……『才能』か。




また…この敗北感…

この圧倒的な敗北すら、

あの直線上にある事なんだ……

それなら…僕は…もう……無理だ…あきらめた方が良い。



凡人は、何やってもダメなんだ……




「そこまでです!!!」


「なんだお前?」


明るく、張りのある声が響いた。


ヨヨアの声だった。


なぜか、金木犀の香りがした。


「マコトさま!!

 お逃げください!!!

 ここはあたしが食い止めておきます!!!」


なんてバカな奴なんだ!

見てわからないのか!?

お前なんかが敵う相手じゃない!


「ヨヨアァッ!!いいから逃げろ!!

 早く逃げろ!!!」


「逃げません!!

 さぁ!!かかって来なさい!!!」


勇者ヨールーは、気だるそうに首をかたむ

赤い目を半分閉じて、ヨヨアを睨んだ。


それに合わせてヨヨアが身構える。


その姿勢を見て、何がしたいのかわかった。

ヨヨアは、愚かにもパリィングを狙っている。


なんて身の程知らずなやつ。


ちょと褒められたくらいで、

なんてバカなことを……


「消えてくれないか?君には興味がない」


まるで、地面にツバを吐く様に、無関心な言葉。


直後。


一閃の瞬きとして振るわれたヨールーの剣が……


───弾かれた。


「!?」

「!!?」


僕とヨールーは、同時に驚愕した。


あいつ…僕も…マルケリオンですら

知覚できなかったヨールーの攻撃を……

パリィングしやがった……


胸の真ん中が、ジリジリと熱くなる。


「不愉快な奴。邪魔だ、どけ」


「あっ」


しかし、次の瞬間には、

ヨヨアの手には武器はなく、

彼方かなたへと吹き飛んでいった。


呆然として立ち尽くしているヨヨアに、

ヨールーは、すでに興味をなくした。


「英雄気取りの偽物め。

 化けの皮を剥いでやろう」


ヨールーは、満身創痍まんしんそういで、

身動きの取れない僕にそう言うと、

左の手の平を、こちらに向けて来た。


「奪え…『アークス・アークス』」


魔法では無い。


何か、未知のスキルを使われた。

それと同時に、胸に違和感を感じる。


体の中の大事な『何か』が、

引っ張られていく感覚だ。


本能で理解できる。


このスキルは受けてはいけないと。



「やぁああ!!」



ヨールーのかざした左手がブレて、スキルが不発に終わる。


その手には、必死にむしゃぶりつくヨヨアが見える。


なんて諦めの悪いやつなんだ……

すごい奴だ。僕とは大違い……



……いや…違う、違うぞ。




あれは……そういう行動じゃない。

ヨヨア……お前……もしかして……



「いい加減、不快だぞ」

「ひっ……」



ついに、痺れを切らしたヨールーは、

その白刃を、恐怖でひしゃげるヨヨアの顔面に叩きつけた。


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