【8】「ゼネオゲゲブ」
マルケリオンと、キャリバンが打ち出した、
僕らの目的は大きく二つ。
この戦場に現れるであろう『魔女ヒーリア』を、間髪入れず一撃で葬る。
残った虚神教団の僧兵を全力で殲滅する。
以上だ。
僕たちは、積極的に戦いに加わらず
勝利条件の獲得に重きを置く。
しかし、ヒーリアは、あらゆる魔法に精通した人物で、
2000年以上生きる不老不死の女、故に魔女。
一説では、触れただけで、
相手の命を奪う魔法まで使うらしい。
そんな相手を「一撃で葬る」なんて、簡単じゃない。
そこで役を担うのが真空の賢者キャリバンだ。
彼女は、他に類を見ない特別な魔法が使える。
それが真空魔法『アブソバキム』だ。
マルケリオンの領域定義がなければ使えないと言う
強い制約があるが、使う事が叶えば必ず相手を倒せる。
そう言う絶対必殺の魔法らしい。
その原理についてマルケリオンに聞くと……
「全エネルギーの生産性を、
絶対真空を成立させようとする
0転移効果とぶつかり合わせる消耗戦」
などと、意味のわからない言葉が返ってきた。
ただ、結果はシンプル。
相手は消滅する。
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程なくして、僕達は敵と鉢合わせする事となる。
それは、黒錆の大地から突然と現れた。
「さすが鉄繰りの魔女を自称するだけある。
鉱物のテクスチャで、軍勢を隠していたのか」
と、マルケリオンは平気な風体で言っているが、
珍しく焦っており、僕もそれに釣られて準備に取り掛かった。
こちらの軍勢が5万なのに対して、
あちらは目視で1万にも満たない。
普通に考えれば圧倒的に有利な戦いだ。
だが、虚神教の僧兵というのは、
兵数ですら、帳尻を合わせられない程の実力なのだそうだ。
人から聞いただけの僕には、
その詳細は一切わからないけど、
連合軍にはピリついた雰囲気が漂っていた。
どうであれ、僕は自分の責務を果たすのみ。
他の事は、あまり考えなくて良い。
僕とナオは、マルケリオンと、キャリバンの護衛だ。
マルケリオンが魔女を領域で捕縛し
キャリバンがそこへ『アブソバキム』を打ち込む。
それを邪魔させない様にしっかりとやろう。
大丈夫、この日までに、十分特訓したじゃないか。
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戦いが始まった。
そう前方から情報が回ってきた。
前線では、すでに死闘が繰り広げられているのだろうか?
ここかからでは何も見えない。
「少し手助けをしようか」
マルケリオンが、キャリバンにそう言うと、
彼女は小さくうなづいて、2人はスタッフを片手に
ザッと、前へ歩き出した。
逆光により、濃いシルエットが際立つ。
戦場のど真ん中だと言うのに、
風を撫でるような優雅な足取り。
歩みを避けて、兵士の扉が開いていく。
その気高い後ろ姿は、
彼らが大賢者だと証明している様だった。
しばらくして、前方から大きな鬨が広がった
マリオンとキャリバンが放った魔法が、
敵兵力を大きく削ったのだろう。
見えないのだからなんとも…
対岸の火事みたいな緊張感の無さがある。
2人が、戻ってくる。
というか、冷静になって考えてみたのだが、
護衛からあまり離れないでほしいものだ。
───その時だった。
一瞬、紫色の細い糸が空から垂れおちて、
横へ薙いだかと思ったら。
次の瞬間には、自軍の兵士が壊滅していた。
大きく、派手な爆発などは無かった。
その代わりに、紫紺の光線が周囲を満たした。
突き刺す様な、鋭利な光線は、
一切の抵抗無く兵団を貫通していき、
物質の特性を問わず、一切を蒸発させた。
僕達は、マルケリオンが防壁を張らなければ
その他と同じく即死していた思う。
周囲をざっと見渡しても、残存兵力は3分の1にも満たない。
おそらく、光線の死角にいた者以外は全滅している。
その隙を突いて、こちらを全滅させようと
虚神教の僧兵達が、地に伏した王国兵を
踏み潰しながらなだれ込んでくる。
「これはすごいぞ…『ゼネオゲゲブ』…魔位25示…神格魔法だ。
やはり居たんだな…神格魔法を使える輩が」
落ち着いた様子を崩さないマルケリオンだったが、
少し嬉しそうだった。そして、楽しそうだった。
不謹慎だと思ったけれど、
僕はそれを見て安心した。
「魔女を見つけるのら!!魔法の軌道を見て分析のら!!
のら!のら!のら!!
あぁ〜!!!もう!この喋り方面倒くさいぞ!!!」
随分と余裕なく動き回るキャリバンは、
とうとう語尾の使用を諦めた様だ。
ナオは不安そうにキョロキョロとするばかりで、
あまり役に立ちそうにない。
僕は、この場で自分だけが
本来の目的を果たせると気づく。
すべき事が、すぐにわかる。
こんなに素晴らしい事は無い。
僕は、超人的な動きを持ってして
マルケリオンに迫る僧兵を片っ端から斬り殺した。
肉体と神経を魔法で強化した体と、
固有スキル【魔力相転移】で、強化した剣、
その二つが合わされば、僕を止められるものは無い。
コンバットハイ。
とか言う現象なのか、
人の命を奪う事に、なんの抵抗もなかった。
─── 圧倒的だった、僕の強さは。
次第に、壊滅状態に混乱していた王兵達が持ち直してきた。
皆、僕に向けて剣を掲げ、歓声をあげている。
僕が、彼らを扇動したんだ。
その自覚が、強い高揚感を注いでくれた、
魂まで燃料が充填され、最高にタフになれる。
僕は、さらに熱烈に、情熱的に人を殺して回った。
ふと、奮闘する兵士の中にヨヨアを見つけた。
相変わらず不器用な立ち回りで、
今にも白刃に倒れてしまいそうだが、
よほど練習したのか、【洞察】と【パリィング】を上手く使い
生き永らえている。
ふと「彼女があの才能を伸ばし続けた先に、
いったい何が待っているのだろうか?」と、
そんなどうしようもない事が気になった。
「あぁ……マコト。
今の君は最高に格好がいいよ」
マルケリオンが、さも嬉しそうに僕にそう言った。
ああ、その通りだよマルケリオン。
あなたの言う通りだ。
僕はこれが欲しかった。
手にしたかったのは、この僕だ!!
最高に格好いい僕なんだ!!!
マルケリオンは、そんな僕を見て笑った。
「それでいいんだマコト。
自信過剰、自己満足、大いに結構だ。
やりたい様にやりたまえよ英雄殿」
その背後に、虚神教の兵が迫る。
「マルケリオン!!危ない!!!」
しかし、当然だと言わんばかりに
法力魔法で防いで見せる。
「英雄マコト。前に出よう!
この大賢者が共に行こう!!
魔女の首を取りに行くぞッ!!!」
激しく声を荒げるマルケリオンを、
僕は初めて見た。
よほど興奮しているのだ。
「うぉおおおぁああああああ!!!」
僕も合わせて咆哮した。
感情のボルテージがぐんぐんと上がる。
マルケリオンと目が合う。
僕は、小さく頷いた。
彼は、目の前の僧兵を法力魔法で吹き飛ばし
前へ進んだ。
僧兵は、素早い動きで法力の壁に張り付き、
それを切り裂いて中に入った。
─── そして、一閃。
マルケリオンの生首が、黒錆色の大地に転がった。