【7】「かっこいい僕」
─── ヘシオーム王国西部諸国。
僕達が西部諸国の戦地に着く頃には、
人族と魔族の連合軍は、既にその地に集結していた。
乾いた黒錆色の大地を覆い隠す軍勢は、5万に上るという。
戦争というものを経験した事がない僕は、
武装した兵士が並ぶ、圧巻の光景にたじろぐ。
「マコト。肩に力が入っているよ」
「マルケリオンさん…少し、人の多さに気圧されました」
「君は経験が浅いのだから無理もないさ」
「僕は…この世界に来るまでは、ただの学生でした。
それも優秀でない、ただの凡人です」
「ふむ……でも君は、この数ヶ月間を努力と研鑽で満たした。
それは相手にとって、凡人を脅威と思わせるには十分な積立だよ」
「でも…『才能』は開花しなかった。
自分でも解っているんですよ、そこの所の詰めの甘さは。
あの時に…思い知らされたんだ……そうですよね?マルケリオンさん」
あの日、王城の地下に眠る聖剣パンツォールを、
僕は引き抜くことができなかった。
精一杯の力で、何度チャレンジしても
聖剣はピクリとも動かなかったのだ。
「君は『才能』という言葉に対して、
いささか偏屈が過ぎる様だね
少し…揉み込む必要がありそうだ」
「揉み込む?」
「そうだよ。揉み込めば、その中にある本質が浮き出てくる。
例えば…君は、その『才能』とやらを使って何がしたいんだい?」
「何って……強くなりたいです」
「どうしてだい?」
「どうしてって…これから、
悪い奴らをやっつけるんだから…ですよ」
「それでは目的が変わっているよマコト。
君は『才能』で強くなりたいんだろう?
敵を倒すのに、君は強くなる必要なんか無い。
ただ敵を倒せれば良い。
相手を殺せるのなら弱くても良いわけだ」
それは…なんだか屁理屈の様に感じるのだが。
「君が敵を殺すのに『才能』は関係ないんだ。
他人よりも上手に人を殺す必要はないのだからね」
「……?」
「『才能』って言うのはね、ただ「他人よりも上手」って、
それだけの話なのさ」
何を当たり前のことを……
だからそれが欲しいって
それが、有ればって思うんじゃないか。
「だからね。
君が『才能』だと思って使っている言葉は、
本当は「かっこいい僕」じゃないか?」
全身に、血脈の津波が走った。
僕がダーツの的なら、ど真ん中を撃ち抜かれた。
そんな感覚だ。
「そんな…僕を自惚れた奴だなんて
思わないでくださいよ」
「君が『才能』と聞いて思い浮かべるのはどんなイメージだい?
格好良く何かを見せつける姿?
結果を出して他人から羨まれる姿?
巨万の富を得られる姿?
どれも『才能』で得られると思い込んでいる
キラキラとしたシーンじゃないかな?」
心の隙間、いや、心の隙にグサグサと鋭く突き刺さる。
あまりにも的を射ている。
プライドが傷つく。
反抗したい、反発したい。
でも反論できる言葉がない。
「……そう…かも…でも!!
でも…実際そうじゃないですか!!
『才能』がないと…結果が得られない」
「……ちょっと君、ウィンクできるかな?」
「え?…ウィンク?まぁ、はい。
できますけど…ほら……これがどうかしました?」
「私はできないんだ」
そういって、マルケリオンは
不器用に両目をしわくちゃにした。
「つまり君には、ウィンクの『才能』があるんだね」
「……いや…そんな『才能』があっても…」
「君が固執して祭り上げている『才能』なんてものは、その程度だよ?
それ自体、手札にあってもなんの役にも立たない。
だが、その上に研鑽と努力を積めば……
それは大きく強い武器になる。
誰も敵わない、最強の武器だ。
それは間違いが無い」
「ほら…やっぱり
結局は『才能』じゃないですか!」
「そうだね。
しかし『才能』が無くても同じ事はできる。
ただ『才能』が無いだけの強い武器が手に入るんだ。
それは意味がないものだと思うかい?」
「いえ…意味はあると思います……けど、
結局は『才能』のある人に負けてしまう」
「そうだね。当然の様に負けてしまうだろう」
やはり……結局は『才能』だ。
「でもマコト。
『才能』があって、なおかつ同じ積立を持つ者……
そんな相手が、一体何人いるんだろうね?」
「…………」
「仮に1人居たとしよう。
君は、その1人に負けてしまうが、
9999人には勝つ事ができる。
なぜだかわかるかい?」
「…いえ」
「9999人は、積み立てる事すら出来ないからだよ。
君から感じる偏屈はそこさ。
十分な積立があって、身にもなっているというのに、
君は、『才能』と言う言葉を言い訳に使っている。
9999人側と同じ目線で自分を見ている。
不思議だなぁ」
その理由が僕には痛いほどわかった。
この世界に来て獲得した、この恵まれた体があったから
マルケリオンの言う「積立」ができたけど、
元の僕は間違いなく「積み立てられない」9999人の側だった。
「さぁマコト。
そろそろ『才能』なんて言葉は放っておいて
「かっこいい僕」を掴み取りにいこうじゃないか。
断言するよ。君は今日、ここで、望むままに格好良くなれる」