【5】「愚鈍なヨヨア」
僕達の特訓が始まった。
朝から夕方まで、びっしりのスケジュールだ。
王国兵に混じり、汗水を垂らして剣技の稽古を積み。
賢者達に混じり、知能をフル回転して魔法を使い続けた。
正直、生ぬるかった。
この体が素晴らしい性能を持っていたからだ。
半日休まずに、動いても疲れる事は無いし、
それどころか、剣を振るえばその都度、新しいアイデアが湧いて出た。
対人では、剣の取り回し、次の攻撃へのタイミング
次に来る相手の、1手2手先まで簡単にわかった。
それだけじゃない。
魔法が、どういう現象なのかも、すぐに理解できた。
マルケリオンを含む、魔法学科を担当する先生が話す、
人体の構造と、魔法の相互関係。
魔力で構築する魔法回路の設計原理。
その他、魔法学の全てが恐ろしいスピードで頭に入ってくる。
しかも恐ろしい事に、
剣技、魔法の両方の知識を組み合わせて
新しい能力に変化させる事も簡単にできた。
人体…主に筋肉と神経に魔法回路を組み込む事で、
人間離れした動きを実現したり、
ダメージを受けるタイミングを読んで、
あらかじめ回復魔法を組んで攻撃を無効化したり。
アイデアは状況に応じて存分に湧いてきた。
更に、そこへスキルの恩恵だ。
固有スキル【魔力相転移】
これの最善の使用法はまだわからない。
ただ、このスキルを使えば
魔力を武器に塗りつける事ができた。
試しに、僕の適応属性の【風】の魔力を刀身に塗ってみた。
すると…金属を簡単に切り裂いたのだ。
そんな成長の毎日を、過ごした僕は、
瞬く間に屈強な戦士に成長した。
次第に王兵では、僕の相手ができなくなり、
次に、兵長、隊長と相手の強さをランクアップしていった。
そして数ヶ月経つ頃には、
ついには、近衛兵にまで勝ってしまった。
でも、どれだけ頑張っても勝てない相手が居る。
それがマルケリオンだ。
「砂粒の一つでも当てられれば、君の勝ちで構わない」
こんなに舐めた条件を出されたのに、
彼に砂粒を当てる事はおろか、
一歩も動けずに、僕は敗北してしまう。
マルケリオンの使う法力魔法は、
それくらい圧倒的で強力な魔法だった。
模擬戦の開始と同時に、
僕の周囲の領域は固体に定義され、
「空気詰め」にされる。
それで終了だ。
「こんなのどうやって勝てっていうんだよ!
動けなくちゃ話にならないじゃないか!!」
「そうだね」
「なら動く事くらいは、させてくださいよ!!」
「君は、敵にも同じ事を言うのかい?」
「…………」
悔しいけど言い返せない。
まさに、ぐうの音も出ない。
完璧に論破された。
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そんなこんなで、大賢者という大きな壁にぶち当たった僕は、
下級王兵の特訓を見ながら拗ねていた。
そんな時、一人の兵士が目に止まった。
確か『ヨヨア』とかいう、栗毛の女兵士だ。
前に、珍しい女兵士という事で、
マルケリオンに質問したことがある。
彼女は、貴族の三女で恵まれた家柄に産まれたが、
何をやらせても不器用な様で、
噂では、父親から「騎士の爵位を得るまで帰るな」と、
勘当同然で家から追い出されたらしい。
「……確かに…あれは酷いな」
ヨヨアの動きを見た、率直な感想が口から漏れる。
彼女は、身長が高く、体が極度に細い。
筋力も体力も無く、どう考えても兵士向きじゃない。
「愚鈍なあたしに!もう一本、指導お願いします!!」
だが、本人たっての希望で、
王国軍の兵士として特訓している。
貴族の誇りとかいうやつか?
給仕やメイドの方が合っているだろうに。
「何やってる!!いい加減にしろ!!
ぶきっちょヨヨア!!
何年そうやっているつもりだ!貴様!!」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
「その中身のない謝罪も聞き飽きたぞ!!
ワシが冒険者だった頃はなぁ!!
お前の様な奴は、皆、スケルトンの糞に転職したぞ!!!」
「ごめんなさい!!スケルトンの餌にならない様!!
愚鈍なあたしに、もう一本!お願いします!!」
「馬鹿め!!スケルトンが糞などするか!!
頭を使えウスノロ!!」
「はい!!!」
いや…あの容量の悪さは……
どの仕事でも、ままならないかもしれないな。
「……周りが教えてやれよ。
あんなの全部無駄だろうに」
そう、思わず口に出してしまう程に、
ヨヨアは、ダメのダメダメだ。
あの細身で力も無いのなら、
もっと軽くて一撃の威力が高い武器を選ぶべきだ。
刺剣などが良いだろう。
あの長身で、鋭い刺突を繰り出せば、
長いリーチをアドバンテージにできるし、
本能的な恐怖を植え付けられる。
だとしても、大した実力にはならないと思うが。
そうやって何日か、特訓の休憩時間を
見学に使って過ごしていると、
ヨヨアの方から、僕に話しかけてきた。
「マコトさま!!よろしければ
愚鈍なあたしに、稽古をつけて下さいませんか!!」
「ああ、はい。
構いませんよ」
ヨヨアは、切り揃えた前髪と結った髪を直しつつ、
汚れた頬を手拭いで擦りながら、
大きく丸いグリーンの瞳をキラキラとさせている。
ヨヨアは僕よりも歳上で、兵に所属したのも2年も前、
こうも謙ってものを頼む事に抵抗はないのだろうか?
それから、毎日1時間ほど
彼女のトレーニングに付き合った。
そして確信した。
ヨヨアには、剣の『才能』が全く無い。
前に、武器の選び方がどうだとか、
そんな事を考えていたが、それ以前の問題だ。
唯一、相手の動きを読む【洞察】が得意な様で、
それを応用した【パリィング】だけは光るものがあった。
それを伝えると、彼女は飛び跳ねて喜んだ。
あまり褒められる事のない人生だったのだろう。
褒めても及第点止まりなんだけどな。
でも、それでも頑張る彼女を見ていると
「ダメダメ」も「やめた方がいい」も、言葉にする事ができなかった。
そして、僕はついに言ってしまったんだ。
───あの言葉を。
「得手不得手はありますから『才能を伸ばして』頑張りましょう」
「はい!ありがとうございます!!!」
自分で使って、はじめて、
その言葉の本当の意味に気づいてしまった。
『才能を伸ばせ』などという、具体性のない言葉は、
才能を待たずに産まれた奴に使う言葉なんだ。
気づいてしまった。
今まで言われた言葉が、
重く、深く、自分の心にのしかかる。
でも、なぜだろうか?
それを僕に言い続けたコーチに、少しも腹が立たない。
間違いなくコーチは、
僕には『才能』が無いと、
そう思っていたはずなのに。
『才能』のない僕を、哀れんでいたはずなのに。
……それだけじゃない。
きっと、それだけじゃないんだ。
この気持ちは、一体なんだろう?