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【9】「小物の勇気」

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


鋼鉄の賢者ネダチと、法力の賢者マルケリオンの戦いは、

一瞬の隙をも見せられない状態だった。


マルケリオンの法力魔法は、

主に領域を定義し、変質させる

干渉力の魔法だ。


空間の一部を領域と定義し

堅牢な壁に変質させたり。


物体の隙間を領域と定義し、

拡張したり、ずらしたりする事で

破壊、切断する事もできる。


その万能性は、彼を大賢者として成らせるほどに優秀だ。


そのマルケリオンを持ってしても

鋼鉄の賢者の魔法は、強力で脅威だった。


鋼鉄の賢者ネダチの魔法は、

異名通りに鉄を操るものではない。


本質は、『増長』と『希薄』であった。


その性質上、鉄との相性が良いというだけだ。


頑強な鉄を『増長』させる性能は凄まじく、

刀身から散った微量の鉄粉を、

鉄の斬撃にまで昇華する攻撃は一撃必殺の威力だ。


だが、一番やっかいなのは『希薄』の性能だった。


そもそも言えば『希薄』とは、

物体ではなく、気体に対して使われる言葉だが、

その気体に匹敵する程に『希薄』な鉄があったとするならば?


それは万物を切断する『気体の刃』だ。


マルケリオンは主に、この『気体の刃』を

受け止める事に全力を尽くしていた。


空間領域を圧縮して行う『真剣白刃取り』である。


目に見えず、実体すらない

数千数億からなる、白刃の群を空間で挟んで止める。


この世の誰も、大賢者マルケリオン以外には、

誰にも出来ない芸当であった。



だが、それも長くは続けられない。



このまま、こう着状態が続けば、

マルケリオンの方が確実に負ける。


彼には、乗客を庇護下に入れるという枷がある。


魔法を行使できるキャパシティを、

分散させる事自体、相当に高等な技術なのだ。


故に、そのカロリー消費は凄まじい。


持久戦はマルケリオンにとっては、

不利にしかならない。


せめて、乗客の保護に割いている余力を、

攻めに転じられれば。


(いや……つまり、これも準備か?)


マルケリオンは思う。


魔女ヒーリアの言った「十分な用意」とは、

つまり、この状況も含まれていたのかもしれない。


現に、魔女も、その従者も戦いを傍観ぼうかんしている。


この状況は、計算された場であり、

いかなる行動も異物になりかねない。


そういう事だ。


マルケリオンの額に、粒になった汗がつたう。


せめて。


せめて、何かきっかけがあれば。


一人でも場に現れてくれれば

流れは変わるというのに。


マルケリオンは、それが希望的観測だと知りながらも

そう思わずには、居られなかった。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


そして俺は、飛び込むように少女の前に立った。


「おい!大丈夫か!!父ちゃんケガしたのか!?

 おっちゃんに見せてみろ!!」


突然現れた俺の顔を見上げる少女、

その瞳はあの日、置き去りにした妹と、同じ形をしていた。


「とぉさま…動かないよぉ…」


「どれどれ…見せてみろ……

 大丈夫だ!!死んじゃいねぇー!

 母ちゃんはどうだ!?」


母親は、肩口に痛々しい負傷がある、

出血はしているが、死ぬほどの量じゃない。


「私は…大丈夫ですので、どうかこの子をお願いします」


「バカ言うな!!

 家族全員で逃げるんだよぉ!!」


俺は、父親を引きづり、母親を肩で支え

少女は庇うように前を歩かせた。


少しでも良い、ほんの少しでも遠くへ。


そうしている間も、視認できない魔法が飛び交う。


金属の砕ける音や、硬い何かをぶつけ合う音、

どれも聞いた事のない奇妙な音だ。


きっと、そのどれもが

一撃で俺を殺せる魔法なのだろう。


「こわいよぉ…おじさんっ!!」


「ああ!怖い!怖いねぇ〜!!

 けどな!おっちゃんは、もっと怖いものを知ってるから

 へっちゃらなんだぜ〜?」


一瞬だけの死の恐怖に比べたら、

死ぬまで続く生きる恐怖の方が、

よっぽど恐くて辛い事を俺は知っている。


「おい!!オメェーら!!!

 生きてる奴は俺と一緒に来いッ!!

 あの森まで逃げ切ればなんとかなるぞ!!!」


俺の怒声に、命辛々地に伏せていた乗客たちは、

困惑したものの、やがて、ゆっくりと

這いずりながら俺の後ろに続いた。


その時、後ろで戦いの性質が変わったのを感じた。


先ほどまで防戦一方だった若い男が、攻撃に転じたようだ。


「よしっ!!」


俺は、力一杯踏ん張って3人家族を森の手前まで導いた。

乗客も、なんとか着いてきている。


「おじちゃん……ありがとぉ!

 とぉさまと、かぁさま…ありがとぉ!」


「良いって事よ!!」


少女の感謝に重ねるように、

乗客から歓喜の声が上がる。


「助かった!!ありがとう!!」

「ありがとうございます!!」

「貴方は!英雄だ!!」

「我らの英雄!!どうかお名前を!!」


聞こえの良い、褒め言葉なんか

どうでもよかった。


そんなものが欲しかったわけじゃない。


ただ。


心の穴が、ほんの少し埋まった気がした。

虚しさが、少しだけ俺を許してくれたんだ。


「アシナメさん……」


ネモは、そんな俺を見て思う事があるようで、

複雑な顔でこちらを見た。


「ネモ!!まだ残された奴らがいる!

 お前も手伝ってくれ!」


「……すみません……私は…

 人に何かする事は……できません」


「そうか……いや、良いさ」


「……すみません」


「その代わり、一杯付き合えよ!

 俺の人生の恥部を話したんだ

 今度はお前の話を聞かせてくれ!」


「私の?」


「そうだ!

 どうしてそんなに臆病になったのか

 なんで人と接するのが面倒になったのか

 聞かせてくれよ!!いいだろ?」


「……はい。

 わかりました。

 貴方にならきっと」


勘違いかもしれない。

勘違いでも良い。


その時、ネモの曇った瞳に

少しだけ光が入ったような気がしたんだ。


「よしっ!!約束だぞ!!」


それだけ言うと、俺は再び向き直る。

俺にはまだ、やるべき事がある。


「アシナメ?何を」


「トマリンの事、魔法源泉の事、

 あいつに伝えなくちゃ……

 もう知っているかもしれないけど

 それでも、俺は言わなくちゃいけない」


「待ってください!!アシナメさん!!!」


再び、全速力で走る。


もう、若くないんだ

一回走るだけでも横腹が痛いのに

こんなに走らされちゃ、たまらねぇよ。


でも、なんだが

すっげー!気持ちいいぜ!!!



「おい!!賢者の兄ちゃん!!!

 聞いてくれ!!

 この列車にはトマリンが積まれてる!!

 そんで!そいつらは魔法源泉をぶっ壊すつもりなんだ!!」


賢者の兄ちゃんがこちらに視線を向ける。


と、同時に化け物みたいな男も、俺に視線を向けた。


「あ、やべー」


すると、俺の目の前が、透明な壁になった。

それと同じように地面から黒い壁が生えてきた。


それらを全て破壊して、目に見えない魔法が通過する。


もしも、防壁のクッションがなければ、

攻撃を避ける事が出来なくて、

俺の体は、グチャグチャのミンチ肉になっていた。


「危ねぇえ!!  

 た…助かったぁ!!」


「アシナメさん!!!

 下がってください!!!」


「!!」


ネモが後ろから走ってきた。


へへ!!あの野郎!

口じゃあんな事言ってても、体は正直ってかぁ!?


その時、化け物がネモに反応するのが見えた。


俺の時とは全く違う反応、

明らかにネモを意識している。


いや、意識というよりも、あれは敵意だ。


「ッ!!」


化け物が、剣を指揮棒の様に振るい

ネモに向けて魔法を向けた。


体が勝手に動いた。


「ネモぉお!!危ねぇぞぉお!!!」


ドン、と、俺はネモの体を突き飛ばした。

直後。俺達の背後を、魔法攻撃が通過していく。



間一髪だ。



しっとりと汗ばんだ、ネモの肌の感触がある。


あ〜すまねぇ。

約束破っちまったな。


その時、初めてネモの瞳を見た。


綺麗な青い眼だった。

昔、家族で行った、湖みたいな色だ。


でも、なんでだよ?


どうしてそんな…

泣きそうな顔してんだ?


ふっと…体から、力が抜ける。

頬に、硬い何かが当たる。

そして、徐々に目の前がぼやけていき……


俺は………


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