097 爆発
「リア、リリー、聞いてくれ」
「どうしたのですか、お兄さま?」
「お兄?」
王都のバウムガルテン邸の食堂。朝食が始まってすぐにオレはコルネリアとリリーの名を呼んだ。
「実はな、そろそろバウムガルテン領に戻ろうと思うんだ」
「そうなのですか?」
「領?」
「我が家には領地があるんだ。小さいし、すごく田舎だけどね。学園も閉鎖されたし、王都に居なくちゃいけない理由もない。お金も手に入ったし、これは領地の開発に力を入れるべきなんじゃないかなと思ってね」
リーンハルトの奴も仲間を増やしてるみたいだし、オレが居なくても、熟練の冒険者であるライナーが居ればたぶん大丈夫だろう
「だけど、リアとリリーはべつに一緒に帰る必要はないぞ? リアは友達なんかも居るし、リリーも故郷を離れるのは心細いだろう?」
一度王都の生活に慣れてしまうと、バウムガルテン領に戻るのがひどく面倒に思えてしまうだろう。王都はなんでも揃うからな。生活の質を落とすというのは、なかなかに辛いことなのだ。
「まぁ、バウムガルテン領に出発するのはまだ先の話だ。だが、それまでに行くか残るか決めておいてくれ」
「お兄さま、領地を発展させるのは、陛下との約束を果たすためですか?」
なぜか凄みを感じる笑顔でコルネリアが訊いてくる。リリーもなぜか睨むような視線でオレを見ていた。なんでだ?
「普通では使い切れないほどの大金が手に入ったんだぞ? 普通は領地の開発に使うだろ? 領民にも少しはいい思いをさせてやらないとな」
「それはそうですが……。お姫様を娶るためではないのですか?」
「お姫様というが、クラウかエルのどちらとも聞かされてないんだぞ? 陛下のリップサービスという可能性もあるだろ?」
「……お兄さまは甘いです……」
「お兄は激甘」
「そうか?」
コルネリアとリリーは不満なようだが、もし本当なら王家と縁が結べるんだらこの上ない縁談だろ? 最近はまったく縁談のお誘いが来ないから心配なんだ。オレは結婚できるのだろうか?
そうだ、縁談と言えば……。
「そういえば、リアとリリーに縁談の申し込みがたくさん来ているぞ」
「縁談、ですか?」
「ああ。どうも先日のドラゴン退治で有名になってしまったみたいでな。ぜひとも息子の嫁にって誘いがいくつも来ているんだ」
少し前まで正体不明のギフトは不吉なんて言っていた貴族のところからも縁談が来ている始末だ。それだけドラゴンを退治した功績が大きいと見たのだろう。
「嫁ぎ先がより取り見取りだな。部屋に運んでおくから、気に入ったのが居れば教えてくれ」
「ッ! 全部断ってください!」
「え? それじゃあ嫁ぎ先が無くなって……」
「いいから! 全部断っておいてください! もう! お兄さまのバカ!」
突然激昂したコルネリアは、朝食も食べずに席を立ち、食堂を出て行ってしまった。
「今のはお兄が悪い」
「えぇー……?」
リリーが責めるような半目でオレを見ていた。その手はテキパキと動き、即席のサンドウィッチを作っていく。
なんで?
「あの、リリー? リアはなんで……」
「自分で考える」
「あ、ちょっと?」
「リリも全部断っておいて」
それだけ言うと、リリーも食堂を出て行ってしまった。自作したサンドウィッチを持って。
「えぇー……?」
なんでこんなことになるの?
◇
「本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げればよいのか……」
「どうかお気になさらずに。お役に立てて幸いでした」
オレはベッドで横になる青年に向けて笑顔を浮かべて答える。青年は子爵家の次期当主だ。
オレはこの青年の病を治しに来たのである。
オレが領地に帰ることを宣言してから、まるで駆け込み需要のように大量の治療の依頼が舞い込んできていた。
「本当にありがとうございます。しかし、お恥ずかしながら、我が家で伯爵様にご満足いただける報酬を用意できるかどうか……」
「本当にお気になさらないでください。そのお気持ちだけで十分です」
ここの子爵家はあまり力を持っていないし、報酬も期待できない。それでも治療しに来た。有力貴族だけを治療して、患者を選別してたら悪評が立つからな。
おかげでオレは、聖者のギフトを賜るにふさわしい人物なんて評価を貰っている。
本当は早く領地に帰るための準備をしたいところだが、人命にかかわることだから仕方ないね。
オレは見送られながら子爵家を後にすると馬車に乗り込んだ。維持費はかなりかかるが、自分で馬車を持っていると便利だな。
「クラウス、次はどこだ?」
「次はオカネナーイ男爵のところですね。当主様がご病気だとか。その後はコネモナーイ男爵の所になります」
「ふむ……」
どちらも報酬は期待できないが行くしかないな。
しかし、最近は大した病気や怪我でもないのに呼ばれることもあるんだよなぁ。それこそ教会の連中でも治せるようなレベルの。
教会に金を払いたくないのか、それとも伯爵になったオレと繋がりを欲しているのか。はたまたその両方か。
「仕方がない、行くか」
「かしこまりました」
王都の貴族街を馬車がゆっくりと進んでいった。
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