094 お赤パン
王都の屋敷の裏庭。オレとコルネリア、リリー、バッハの四人は、模擬戦をしていた。オレの相手はコルネリアだ。
「えいっ!」
「せいやッ!」
コルネリアの鋭い突きを半身になって紙一重で避け、お返しにコルネリアの首を狙った一撃を放つ。
下がって避けるかと思ったコルネリアだが、彼女は姿勢を低くして更に前に出た。コルネリアの首を狙ったオレの一撃が空しく空振りに終わる。
その時、コルネリアの放った突きが跳ね上がった。オレの首を刈り取る軌道だ。
オレの剣は空振りして防御に使えない。今から避けるのも間に合わないだろう。仮に避けるのが間に合ったとしても姿勢を崩し過ぎて隙をさらすことになる。その隙を見逃すコルネリアではない。
オレは左腕を捨てる覚悟をする。
「アン・リミテッドッ!」
限界を超えた速度で左の拳を走らせ、コルネリアの持つ聖剣の腹を下から殴りつけた。
ガキンッ!!!
まるで金属同士が激しくぶつかり合ったような音が鳴り響いた。
コルネリアの持っていた聖剣はその軌道を真上に変え、コルネリアの手から離れて飛んでいく。コルネリアの握力では聖剣を維持できなかったのだ。
オレは剣を吹き飛ばされたコルネリアの首に自分の剣を当てた。
これでオレの勝利だ。
「まいりました……。お兄さま、ひどいです……」
コルネリアが恨めしそうな顔で手をぷらぷらさせていた。
「ヒール。済まなかった。ああしなければ勝てなかった……?」
オレはその時、不思議なことに気が付いた。左腕が壊れていない……?
バカな。オレは確かに【アン・リミテッド】を使って、全力で聖剣を殴りつけたんだぞ? 壊れないわけがないだろ!?
しかし、何度調べてみてもオレの左腕は壊れていなかった。確かに筋肉は少し傷付いているが、骨や皮に異常はない。
普通なら【アン・リミテッド】を使って拳を振り抜いただけでもボロボロになるのに、今回は聖剣という鉄の塊を殴っても無傷。明らかにおかしい。
「アン・リミテッド」
オレはもう一度【アン・リミテッド】を発動すると、思いっきり剣を振ってみた。いつもなら骨折するのに、今回は骨折しない。
「なんでだ?」
「どうかしたのですか、お兄さま?」
「今までアン・リミテッドを使うと骨折してたんだが……。それがないんだ」
「? いいことなのではないですか? そもそもわたくしはお兄さまが自分のおからだを傷付けるのに反対ですし……」
「いや、まぁそうなんだが……。原因がわからないと気持ちが悪いというか……」
「原因……。ドラゴンの血を浴びたせいでしょうか……?」
「ああ、それがあったな」
オレは自分の浅黒い肌をした体を見下ろした。
「やっぱり体調不良などはないのですか?」
「ない。むしろ充実しているかな。朝スッキリ目が覚めるし、体が軽い。ドラゴンの血を浴びる前より調子がいいくらいだよ」
ドラゴンの血は猛毒と言われているらしいが、それを大量に浴びたオレはなぜか超健康体だ。
「ドラゴンの血を浴びたせいで体が強化されたのか……? そういえば、目もよくなったな……ん?」
目に意識を向けたからだろうか、なんだか視界がぼやけて見えた。なんだこれ?
しばらくすると視界は落ち着いた。立ち眩みかなにかか?
まぁ、原理なんてまるでわからないが、とにかくオレの体は強化されたようだ。
ということは……。もっと鍛えればもっと強くなれるのでは?
筋トレの量を増やすか。
オレはゴリマッチョになりたいのだ。
◇
次の日の朝。爽やかな朝日に目を開けたら、自室のドアがけたたましいほど乱打された。
何事!?
「お兄さま……」
「お兄……」
ドアを開けると、この世の終わりのような顔をしたコルネリアとリリーが立っていた。
「どうしたんだ? 二人して」
「お兄さま……わたくしたち、もうダメかもしれません……」
「お兄、ばいばい」
「え?」
「旦那さまー!」
二人の言葉に絶句していると、リリーの母親であるユリアがシーツを片手に走って来た。
「リリーとコルネリアお嬢様もいらっしゃったのですね。お二人ともおめでとうございます」
「はい?」
コルネリアとリリーは絶望したような顔をしているし、ユリアはニッコニコでおめでとうなんて言うし、なにが起こってるの?
「ご覧ください。リリーとコルネリアお嬢様が初潮を迎えられたのです!」
そう言って、ユリアは誇らしげに持っていたシーツを広げてみせる。そこには小さな赤い染みができていた。
「ああ、初潮か」
「股から血が出て止まらないのです……。きっと昨日のご飯を食べ過ぎてしまったせいだわ……」
「リリもおかわりした……」
合点がいったオレとは逆に、コルネリアとリリーはずーんと暗い顔をしている。たぶん病気かなにかと勘違いしているのだろう。
「リア、リリー、これは病気じゃないよ。仮に病気だとしてもオレが治せるから心配しないで。ユリア、二人への説明を頼めるか? どうやら二人は知らないみたいだ」
「かしこまりました。リリー、コルネリアお嬢様、どうぞこちらへ。お二人は大人の階段を一つ昇ったのです。決して病気なんかじゃありませんよ」
しかし、コルネリアもリリーもまさか同じ日に初潮を迎えるとはな。仲がいいというかなんと言うか。
お赤飯でも用意したいところだが、この王都でもコメは手に入らなかったからな。
「赤いパンでも用意するか。名付けて“お赤パン”だ」
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