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086 いい角度の拳

「大騒ぎになってすまなかった」

「いえ……」


 エレオノーレと二人っきりの個室。コルネリアも来たがったが、今回は遠慮してもらった。


「とりあえず座らないか?」

「はい……」


 なんだろう? エレオノーレがいつもと様子が違う。いつもキリッとしていた眉は情けなく下がり、もじもじとしている。


「その、わたくしもすみませんでした。わたくしが貴族たちの手綱をもっと上手く握っていれば、ディーにご不快な思いもさせなかったのに……」

「気にしていないよ。さすがに子爵風情が王女殿下にため口をきけばああなるさ。やっぱり表ではこれまでどおり敬語で話すよ。エルとオレの関係は二人だけの秘密にしよう」

「二人だけの秘密……」

「そう、二人だけの秘密だ」


 反対するかとも思ったが、エレオノーレはコクコクと頷いて了承してくれた。


 さすがにオレもクラスメイトとの関係をいたずらに悪化させるのはマズいからな。彼ら彼女らは、将来国を背負って立つ人たちだ。積極的にゴマすりに行こうとは思わないが、関係悪化はない方がいいに決まっている。


「そ、それでディー、今日は何があったの? 貴方から個室に誘われるなんて初めてでしょう? リアにまで席を外してもらって。よほど大切なお話なのかしら?」

「ああ」

「ッ!?」


 肯定すると、エレオノーレは驚いたように息を詰まらせた。その青い瞳を小さく左右に泳がせて、少し頬を染めるエレオノーレ。


「そ、それはリアにも聞かせられないような、二人だけの秘密なのかしら?」


 エレオノーレはどこか期待するような顔でオレの目をジッと見つめてきた。


「そうだ」

「ま、まさか、でも、え? そういうことなの? いきなりすぎない? こういうものなの?」


 エレオノーレは小声でなにやら囁いていた。体のもじもじを加速させて、その顔はだんだんと赤くなっていく。


 エレオノーレはどうしたんだ? 熱でもあるのか?


 さっきまで元気そうだったのに……。


「エル? 大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃい!」


 これはダメかもな。まぁ早いうちに話してエレオノーレを解放しよう。


 エレオノーレはたしかにオレの推しキャラの一人だ。同じメインヒロインであるビアンカとどちらがいいかと言われたら、エレオノーレだと即答できる。


 たしかにエレオノーレはオレの推しキャラだ。しかしそれは、オレがエレオノーレに恋愛感情を持っていることとイコールにはならない。


 たしかにエレオノーレのことは好きだ。だが、それはあくまでゲームのキャラであるエレオノーレに対してであり、現実のエレオノーレのことを愛しているかと訊かれると、オレは答えを窮することになる。


 リーンハルトに渡したくないのはたしかだ。あいつクズだからな。


 しかし、それがオレの恋愛感情の発露なのか、それとも推しキャラへの独占欲なのかも自分ではわからない。


 エレオノーレは努力家だし、愛情深いことも知っている。オレにとって好ましい女性であることも。


 だが、エレオノーレのオレへの認識は、先ほども彼女自身が言っていたが御友人なのだろう。


 中途半端な気持ちで告白するのはエレオノーレに対して失礼だ。オレは自分の気持ちに整理がつくまで、エレオノーレにとっての理解者として彼女を支えていきたい。


「エル、オレはエルにとっての優しい止まり木でありたい。エルが疲れたり、もう嫌になってしまった時にそっと支えられるような、そんな存在でありたい。だから、オレにエルの心に踏み込む許可をくれないか?」

「え……っ!?」

「ダメか……?」

「いえ! いいえ! ダメじゃない! ダメじゃないです!」


 真っ赤な顔で髪を振り乱して否定を繰り返すエレオノーレ。どうやらオレは彼女の心に踏み込む許可を貰えたらしい。


 それよりもエレオノーレの体調が心配だ。今日はこのへんにしておこう。


「ありがとう、エル」


 オレはソファーを立ち上がると、エレオノーレのおでこに自分のおでこをくっつけた。やっぱり熱っぽいな。


「にゃ、にゃにをっ!?」

「エル、風邪でもひいたのか? 顔も赤いし、ちょっと熱があるみたいだ」

「キャーッ!」

「へぼっ!?」


 突然視界がグラリと揺れ、目の前が真っ暗になった。



 ◇



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 わたくし、エレオノーレは荒い息を落ちつけながら、振り上げてしまった拳を呆然と見ていました。拳はいい角度で入ったのか、ディートフリートの意識を一瞬で刈り取ってしまいました。


 どうすればいいのでしょう? でも、ディートフリートがいきなりあんなことをするなんて……! わたくしにも心の準備が必要ですのに!


「わたくし……。ディーに心を許してしまったのですね……」


 呟くと、また顔が熱くなりました。


『エル、オレはエルにとっての優しい止まり木でありたい。エルが疲れたり、もう嫌になってしまった時にそっと支えられるような、そんな存在でありたい。だから、オレにエルの心に踏み込む許可をくれないか?』


 一言一句思い出すだけで体が火照ってしまいます。


 まさかとは思ったけど、まさかディートフリートからプロポーズを受けるなんて!


 王位を継ぐ以上、身分が違うからと無理だと諦めていたのに。自分の心に蓋をしていたのに……。我慢していたのに……!


 強引にこじ開けられてしまいました。


 一度こじ開けられてしまえば、もう我慢できません……!


「くぅ~~~~ッ!」


 多幸感に意味もなく自分の体を抱きしめて揺れてしまいます。


「で、でも、どうしましょう? ディーを殴ってしまいました……」


 わたくしが悪いのはわかっていますけど、ディーがだっていきなり……。


「えーっと……」


 わたくしはソファーを立ち上がり、ディートフリートの傍に腰を下ろしました。


「誰も見ていませんし、いいですよね……」


 わたくしはディートフリートの頭を持ち上げると、自分の太ももの上に乗せました。膝枕です。わたくしたちは夫婦になるのですし、このくらいいいですよね?

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