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008 風呂

「はあ……。いいお湯だ……」


 湯舟の中、オレは一人ごちる。


 ここは急遽改造した屋敷の浴室だ。元々は洗濯をするための部屋だったらしいが、オレはそこにバスタブを置いた。風呂にするためだ。


 いつだったか、オレが短剣で切りつけた生意気な子ども。バッハなんて高名な音楽家みたいな名前の奴だが、そいつのギフトは沸騰だ。このバスタブほどの水なら、ほんの二、三分で水を沸騰させることができる。


 そのことに目を付けたオレは、こうして風呂を作ったわけだ。


 普通、毎日風呂に入ろうと思えば、薪がいくつあっても足りんからな。風呂は高級品なのだ。


 オレがバッハの腹を斬りつけた事件から、あいつも素直ないい子になったからな。たまに怯えるような態度を見せるが、まあ問題ないだろう。


 最初はどうなるかと思ったが、バッハの奴も高く売れそうだ。


 だが、バッハを売れば風呂が入れなくなるかと思うと売るのは惜しいな。


 オレの売り物は、あくまで教育された人間だ。優秀なギフト持ちは確保しているが、果たして風呂炊きしか能のない奴を抱えるべきかどうか……。


 この世界では、貴族のオレでもお湯に浸した布で体を拭くくらいだったからな。領民なんて推して知るべしだな。


 金持ちの貴族なんかはどうしてるんだろうな?


 陸の孤島じゃあ外の情報はぜんぜん聞こえてこない。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 コルネリアもお風呂は気に入ってくれたみたいだし、作ってよかったな。


 コルネリアも気に入ってくれたんだ。バッハの奴もやっぱりバウムガルテン家で抱えよう。コルネリアから風呂を取り上げるわけにはいかんからな。


 しかしコルネリアは……。


 コルネリアが風呂に入る時、コルネリア付きのメイドであるデリアだけでは心もとないのでオレもコルネリアの入浴を介助している。


 当然、コルネリアは恥ずかしがった。だが、それは異性に裸を見られる恥ずかしさじゃない。オレに心配させないように、自分のやせ細ってしまった体をオレに見られるのを嫌がったのだ。


 コルネリアの体は、少女らしい丸みなど皆無だった。アバラが浮いているどころの話ではない。背骨の節々がわかるほどコルネリアの体はやせ細っていた。


 もう一刻の猶予もないことが嫌でも理解させられた。


 だが、今日も試してみたが、コルネリアの邪神の呪いを治すことはできなかった。


 ステータスが見れないので詳しいことはわからないが、オレの治癒のギフトのレベルは上がっているはずだ。


 それでもまだ足りない。


 だが、諦めるわけにはいかない。コルネリアはオレにとって残された唯一の家族だ。それだけなら気にもしなかっただろうが、オレはコルネリアに確かな絆のようなものを感じている。


 それが兄弟の情なのか、はたまた双子だからなのか、前世で独りだったオレにはわからない。


 だが、オレにとってコルネリアは自分の半身ともでも言うべき大切な存在だ。


 もし失うことがあれば、オレはきっと耐えられない。


 必ずだ。必ずコルネリアを救ってみせる!


 だが、現実は非情だ。いくらオレが決意したところで、コルネリアに残された時間が延びるわけじゃない。そんなことはわかっている。


 オレにできることはもうすべてやっている。


 呪われたアイテムの解呪だって欠かさずやっているし、コルネリアの体力を少しでも回復しようと治癒している。


 でも、邪神の呪いはどうやら体力の最大値が削られていくらしい。


 これでは、コルネリアの体力をいくら回復しても無駄だ。薬など気休めにもならない。


 コルネリアを救えるかどうか。それはもう時間との勝負になっていた。


「苛立っても仕方がない。だが……」


 オレはバスタブに拳を落とす。


 自分の不甲斐なさに眩暈がしそうだった。


 領民の人身売買も上手くやれている。呪いのアイテムもかなり集まっている。順調と言っていいだろう。


 だが、そんなものはコルネリアが救えなければなんの意味もない!


「くそっ! オレは無力だ……!」


 オレはバスタブの中でさめざめと涙を流していた。



 ◇



「リア、入るよ」


 オレは爺に開けてもらったドアからコルネリアの部屋に入る。相変わらず寂しい部屋だが、そんな中でも変わったところが一つだけある。


 それはコルネリアと一緒に寝ているクマのぬいぐるみだ。


 ようやくできた余裕。そのすべてを使ってオレがコルネリアにプレゼントしたものだ。


 よほど気に入ってくれたのか、コルネリアはお風呂の時以外離そうとしないらしい。


「ディートフリート坊ちゃま。コルネリア様は今お休みになられました」

「ああ。そのようだね」


 デリアの言葉に頷いて、オレはコルネリアのベッドへと足を進める。


 頬がこけてしまったコルネリアは、それでも安らかな顔で眠っていた。


「昼食は食べたか?」

「あまりお食べになりませんでした……」


 デリアの視線の先には、ほとんど手つかずの昼食が残っていた。


 それだけでオレは泣きそうなくらい切なくなる。


 コルネリアだって頑張っているんだ。それでも食べられない。その事実がオレの胸を締め付けた。


「リア、頼む。生きてくれ……」


 オレは大嫌いな神とやらに縋るしかなかった。

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