079 筋トレ
「ふんっ……ふんっ……ふんっ……ふんっ……」
王都のバウムガルテン屋敷。その庭先で一心不乱に腕立て伏せに励む銀髪の男。それがこのオレ、ディートフリート・バウムガルテン子爵だ。
筋肉は一日にして成らず。日頃からの弛まぬ努力によって生まれるものだ。
オレは十歳ごろから筋トレを一日たりとも欠かしたことが無い。
「よし、次は片手腕立て伏せそれぞれ百!」
なぜオレがこんなにも筋トレに情熱を注いでいるのか。それはオレのあるスキルが関係している。
【アン・リミテッド】。普段は自分の体を壊さないようにかけられた脳のリミッッターを解除し、100%以上の筋力を使うことができる独自開発のスキル。大きな力を得る反面、自分の体を壊してしまう諸刃の剣。しかし、自分の体を自由に治癒できるオレには、そのデメリットは限定的だ。
そして、得られるメリットは計り知れない。
戦闘系のギフトも無く、剣の才能もないオレには、力押しできるこのスキルはまさに天恵だった。
力が強いというのは、それだけで小手先の技術など吹き飛ばしてしまうほど強いのだ。
しかし、それには相手を圧倒する力が無くてはならない。
それを得るための筋トレだ。
オレの【アン・リミテッド】は、筋力を100%以上の力を出すことができる。
そう。オレの力の根源は筋力なのだ。
いくら【アン・リミテッド】を使用しても、元の筋力が低ければ大した力にはならない。
だから、筋肉を鍛え上げる必要がある。
ポタポタと額から落ちた汗が土を濡らす。筋トレは地味だしつまらない。しんどいし、なかなか効果がでなくて嫌になってくる。
だが、それでも続けた者だけが筋肉を得ることができる。
ボディビルダーって本当にすごいんだな。よくこんな自分をイジメる作業を坦々と行えるものだ。今なら尊敬すらしてしまうよ。
「旦那様、あと十回です」
「ああ……」
横でカウントしてくれていたクラウスの声に我に返る。
「だぁー……」
もう腕はパンパンだ。それでもなんとか十回を終わらせて、庭に転がった。
「はぁー……、はぁー……、はぁー……」
荒い息を整えながら体を起こす。
もう全身が重い。もう筋トレなんて止めてベッドの上で横になりたい。
だが、将来に後悔はしたくない。
将来、邪神が復活する世界だ。世の中は当然乱れるだろう。そんな時に頼りになるのは、己の力だ。コルネリアやリリーを護るためにも己の力を磨くことを止めるつもりはない。
「とはいえ、疲れたな……」
「もうお休みになさいますか?」
「いや、最後までやる」
「さすがでございます、旦那様」
「しかし、少しは筋肉が付いただろうか? あいかわらずひょろ長いままだが……」
オレは筋肉があまり付かない方なのか、二年も筋トレを続けているというのにゴリゴリにならない。ゴリラレベルとは言わないが、もう少し欲しいな。
「旦那様はスラッとして背が高いですからね。それでも、昔に比べるとだいぶ体が分厚くなったと思いますよ」
「そうか?」
「はい」
オレの目標はプロレスラーやボディビルダーだからな。なかなか目標は遠いぜ。
◇
「リリー! リリーどこ行ったの?」
お屋敷の中からリアがリリを呼ぶ声が聞こえる。でもリリは聞こえないフリをした。
だって、この光景を見逃すなんてとんでもない。
「リリー! こんな所に居たのね。もうまた勉強から逃げて……。あとで困るのはリリー自身なのよ?」
「リア、あれ」
「あれ?」
リリはリアを黙らせるために、このとっておきの光景をリアにお裾分けすることにした。リリは懐の広い女。
「お、お兄さま!? 庭先で上半身裸なんて……!」
「ん」
リアもお兄のことが好きだ。なら、この光景は見逃せないはず。
お兄のよく日に焼けた上半身は、汗をまとってキラキラを輝いていた。リリたちとは全然違うゴツゴツとした男の子の体だ。一度見たら目が離せない魔力を持っている。リアも両手で口を隠して、目を見開いてお兄のことを見つめていた。
リアの顔はほのかに赤く染まっていく。女のリリでも思わず見つめてしまうほどかわいい。
ちょっと面白くない思いを感じながら視線をお兄に戻すと、お兄がスクワットと呼んでいる踊りをし始めた。お兄は意外と踊りが好きらしい。毎日、時間を見つけては踊っている。
「お兄さまが動くたびに汗が飛び散って……。なんて神々しい……! それにしても素晴らしい肉体美です。さすがお兄さま。やっぱりお兄さまは女神さまに選ばれし人なんだわ!」
リアが小声で囁くように言った。リリも完全同意だ。お兄は特別な人なんだと思う。それはリリにとってもそうだし、そして、リアにとっても。
「かっこいい……」
「ええ、かっこいいです……」
よくわからない単調な踊りだけど、お兄がしているとすごく特別な踊りのように見えてきた。そして、お兄がかっこいい。なんだかお兄を見ていると、お腹の奥がキュンキュンする。この気持ちは何だろう?
リリとリアは、お兄の踊りが終わるまでジッとお兄を見つめていた。
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