065 網
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いえいえ、お役に立ててなによりです」
場違いを感じるほどめちゃくちゃ豪華な寝室。老いた夫人がオレの手を取って涙ぐみながらお礼を口にする。オレはそれに対して丁寧に対応していた。
ここはとある王国有数の侯爵様の王都の屋敷だ。ここの当主が病に臥せってしまい、オレが呼ばれたようだ。
最近、オレは高位貴族の屋敷に呼ばれることが多い。その要件はもちろん病気や怪我の治療だ。
オレにかかればたいていの病気や古傷なんかも治せるからな。需要は多いんだ。
でも、たしかにオレは治療すると噂を流したが、誰かが勧めて回っているのかってくらい依頼が多い。おかげで高位貴族と関係ができて嬉しい限りだが、誰かの意図を感じてしまう。
その時、三十代くらいの当主がベッドの上で上体を起こした。
「体が軽い。痛みも無い。世話になったようだな……。感謝する」
「もったいないお言葉です」
「この礼は如何にすればよいか? 希望はあるか?」
「金銭を貰うと教会がうるさいのでそれ以外で……」
「なるほど。まったく、役に立たん教会だが、敵に回すのはよくないな」
「はい。それでですが、一つお願いがございます」
「なんだ? 言ってみろ?」
「我がバウムガルテン男爵家は、ヒューブナー辺境伯の寄り子なのですが、ヒューブナー辺境伯にはよく思われていません」
「ヒューブナー? たしか、モンスタースタンピードを起こした疑いで王都に召喚されたはずだが? まさか、標的になったのは君の領地か?」
「そうなのです。それほどまでにバウムガルテンとヒューブナーの関係は拗れています。しかし、力のない我が家はこのままではヒューブナーの餌食に……。そこで、侯爵様には我が家を救っていただきたく……」
「容易ならざる話だ。君の話が真実とも限らん。だが、ヒューブナーの動向はしっかりと監視しておこう」
「ありがとうございます、侯爵様」
ヒューブナーとは敵対派閥にある侯爵だが、完全な味方にはならなかった。だが、ヒューブナーの動きを監視してもらえるのはありがたい。ヒューブナー辺境伯も簡単には我が家に手を出せないはずだ。
「今回は助かった。バウムガルテン男爵の献身に、我が家も応えるつもりだ。安心したまえ。ヒューブナーごときには手を出させん」
「重ねて感謝いたします、侯爵様」
まぁ、こんなところだろう。教会の目があるから金銭は貰えないが、バウムガルテンは確実に味方を増やしている。
◇
「最近、縁談がプツリと途切れたように来なくなったんだが、なにかあったんだろうか……?」
「よかったではないですか! なにがご不満なんですか?」
ぽつりと呟いた一言に隣を歩いていたコルネリアが過剰に反応した。
キュッとオレの左腕を抱きしめて、冷たい瞳でオレを見ている。
「まぁ、どうせ断るのだから面倒が少なくなっていいんだが、オレもいつかは結婚しないといけないからなぁ……。縁談がまったくこないというのも問題のような気がしてね」
「お兄さまはわたくしと結婚するからいいんです! それとも、お兄さまはわたくしでは不満ですか?」
「その話か。もちろん不満なんてないよ。でもそれは、リアが二十歳になっても結婚できなかったらの話だ。無理にとは言わないけど、リアも好きな人ができたら遠慮なく言うんだよ?」
「もう! お兄さまはわたくしの想いを真剣に考えてくださいません!」
「そうは言うけどねぇ……」
一応、この国では兄妹の結婚は認められているけど、さすがに血が濃すぎるんじゃない?
「もう! わたくしのどこが不満なんですか!? やっぱりお胸ですか!? お兄さまも他の男の子と同じく、大きなおっぱいが好きなんですか!? そういえば、最近仲のいいクラウディア様はおっぱい大きいですね!?」
「不満なんてないよ。リアは完璧だ! というか、女の子がおっぱい連呼するのは止めなさい」
「でも……!」
「いいかい、リア? 女性の胸の大きさに貴賤なんてないんだよ?」
「クラスの男の子が、クラウディア様の大きなお胸を見て鼻の下を伸ばしているのは?」
「あーうん。大きいとそれだけ迫力があるというか、目が吸い寄せられるというか……」
「お兄さまも?」
「……否定はできない」
「やっぱり……。お胸ならここにもあるのに……」
コルネリアがなにを思ったのか、オレの腕に胸を押し付けて、オレの顔色を窺う。
だが、最近少しふっくらしてきたとはいえ、コルネリアの膨らみなんて無きに等しい。俺の腕には硬い肋骨の感触がむなしくゴリゴリと返ってくるだけだ。
「反応が無い……。やっぱりわたくしのお胸じゃダメなんだ……」
オレは下を向いてしまったコルネリアの頭をポンポンと優しく叩く。
「リアももう少しすれば胸が膨らむよ。リアはちょっと皆より遅れているだけなんだ」
たぶんコルネリアの成長が遅いのは、邪神の呪いのせいでまともに食べられなかった期間が長かったからだろう。コルネリアはまだ十三歳。成長はこれからだ
「ほんと……?」
「本当だよ。お兄さまが今まで嘘を言ったことがあったかい?」
「うーうん、ない」
「じゃあ、もう一度だけお兄さまを信じてくれ。きっとリアの胸は膨らむから」
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