062 お嬢様②
オレは耳を疑った。
だって、こんな高貴なオーラすら感じる清楚そうな少女が、まさか甘い声をあげるなんて!?
「ぁん……、はぁ、はぁ、んっ……」
「き、貴様! で……、お嬢様になにをしている!?」
「……治療だが?」
見ればわかるが、オレはお嬢様の手を取ってるだけだぞ?
オレだって邪神の呪いを治療したら、お嬢様がまるで内なる快楽に溺れそうになるなんて予想外だったんだ! というか、おたくのお嬢様がおかしいんじゃねえの!?
「ち、ちがうのでしゅ。かりゃだぜんたいが、よみがえるような、からだがよろこんでいる、しびりぇが……!」
青い瞳をうるうるさせ、顔を真っ赤にしたお嬢様がオレを見つめながら言った。ぽーっとした表情は、まるでオレに恋しているようだ。ドキドキしてしまう。
そういえば、ちゃんと起きてる状態の人に邪神の呪いの解呪を施すのは初めてだな。起きていたら、コルネリアたちもこんな感じだったんだろうか?
「んんんんんんんんんん~~~~~~~~~~ッ!」
お嬢様が体をビクンッとのけ反らして、ひときわ大きな声をあげた。その艶めかしい姿にオレも知らず知らずのうちにドキドキと鼓動が早鐘を打っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
パタンとベッドの上に身を投げ出したお嬢様。その顔からは力が抜けて穏やかな、まるで憑き物が落ちたような表情だった。
「治療は完了した」
「ぁ……」
お嬢様の手を離すと、お嬢様の手がオレの服の裾を掴む。
「もう少しだけ、このまま……。おねがいします」
「……わかりました」
恥ずかしそうにそう言うお嬢様。再びお嬢様の手を取ると、お嬢様はオレの手をキュッと握った。なんだかラブストーリーでも始まりそうな雰囲気だな。
「バウムガルテン男爵、治療は完了したというのは、お嬢様の邪神の呪いが解けたということでしょうか?」
「はい。お嬢様の体を蝕むものはなにもありません」
「お嬢様、お加減はいかがでしょうか?」
「まるで天にも昇る気持ちです。こんなに心と体が満たされたのは初めてです」
「お嬢様……。よかった、よかったですぅ……」
「あなたにはたくさんの苦労をかけました」
「もったいないお言葉です……」
「ドーラ、わたくしはあなたに本当に感謝しているのです。家族からも隔離され、わたくしの心の支えはあなたでした」
「お嬢様……。おじょ、う、さまぁ……」
「泣かないで、ドーラ」
お嬢様が、エデルガルトと呼ばれたメイドの頭を優しく撫でる。
死の呪いに侵された主人とそのメイド。きっと二人だけにしか知らないドラマがあるのだろう。
なんだか感動的な場面なのに、オレはここに居てもいいのか?
でも、お嬢様が手を放してくれないし……。まぁいいか。
しばらくすると、ドーラと呼ばれた少女が泣き止んで、恥ずかしそうにオレを見た。
「恥ずかしいところをお見せしました……」
「かまいませんよ。親しい人の命が助かったのなら当然のことです。私も妹の命が助かった時には人目も気にせず涙を流しました」
「あなたの妹さんも邪神の呪いだったのですか?」
「…………」
どうしようか? コルネリアが邪神の呪いに侵されていたのは公表していない事実だ。認めるか?
「……訊いてはいけないことだったようですね。申し訳ありません」
コクリと小さく頷くように頭を下げるお嬢様。その様子を見て、オレは話すことを決めた。このお方は、人の痛みに寄り添えるお方だ。
「いえ、おっしゃる通り、私の妹も邪神の呪いに侵されていました。私は妹を救いたい一心でギフトを鍛えたのでございます。そのおかげでお嬢様のお役に立てて幸いでした」
「そうでしたか……。きっとたいへんな苦労もされたことでしょう。この度はわたくしを救っていただき、ありがとうございました」
「もったいないお言葉です」
お嬢様の白魚のような指が、オレを労わるように手を撫でてくる。ひどくくすぐったくて、恥ずかしいような、しかしいつまでも撫でてほしいような、不思議な気持がした。
◇
その後、オレはまた目隠しをして馬車に乗り込んだ。
『またお会いしましょう』
お嬢様の正体は結局わからなかったが、なぜかまた会えることを確信しているようだった。
「これが今回の報酬だ。当然、守秘義務があるのはわかるな? 平穏に暮らしたければ今日のことは忘れることだ」
「へーい」
相変わらず物騒な男の言葉に頷き、オレは学園の前で解放されたのだった。
◇
その後は、オレの心配をして涙目のコルネリアと合流して、男の言う平穏な日常というやつを謳歌していたのだったが……。
「今日は新入生が居る」
担任のボニファーツの言葉に、教室はざわめいた。それはそうだろう。ゲームでもこんなイベントなんてなかったはずだ
「入ってきたまえ」
「はい」
なんとなく予感はしていたが、教室に入って来たのは、本当にあの日のお嬢様だった。
全体的に健康的にお肉が付き、顔色もよく、魅力に溢れている美少女。皆がその美しさに言葉を失っている。
お嬢様の後ろには、あの日のメイドの姿も見えた。
「クラウディア・ケスティングです。みなさま、よろしくおねがいしますね」
その時、鈍い痛みを脇腹に感じた。
「お兄さま、見過ぎです」
「あ、ああ……すまない。だが、ケスティングだぞ?」
「ケスティングって?」
「王族しか、それも次期王位継承権を持つ直系の王族のみが名乗れるものだ」
「へー、エルの姉妹ってこと?」
「おそらく……」
そんなことをコルネリアと話していたら、ガコッと勢いよく椅子が倒れる音が聞こえてきた。
リーンハルトだ。彼は熱病に浮かされたようにふらふらとクラウディアへと近づいていく。クラウディアは不思議そうな顔で、メイドの少女は鬼気迫る顔でリーンハルトを見ていた。
「あの! 一目見て恋に落ちました! 貴女のお名前は?」
マジかよリーンハルト……。お前、もうなんでもいいのか?
「すみません。わたくしにはもう心に決めた御方が……」
クラウディアのその言葉に、女子の黄色い声、男子の落胆の声が教室に響き渡った。
その時、クラウディアが流し目でオレを見ていたのだが……まさかね……。
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