054 妹?
「私はユリアと申します。この度は、本当になんと言ったらいいのか……」
リリーの母親はユリアというらしい。おっとりした赤髪の女性だ。どことなくオレたちの母親に似て見えるのは、同年代だからだろうか?
相変わらずリリーは無表情にオレをまるで獲物を狩る狩人のような目で見つめていた。今はユリアに後ろから羽交い絞めされているから動けないが、ユリアの拘束が解ければ、また抱き付いてくるだろう。コルネリアよりも小さく、その体は瘦せ細っているのに、どこにそんな力があるのだろう?
「先にも言ったが、ディートフリートだ。ほら、リアも挨拶して」
「コルネリアです……」
ちょっとしたハプニングはあったが、リリーが目覚めてよかったな。もっとも、リリーの突然の行動にコルネリアはだいぶ不機嫌そうだ。あとでケアが必要だな。
「リリーもご挨拶なさい」
「リリはリリーって言うの。ディー、抱っこして」
リリーがオレに向かって両手を伸ばしている。オレに抱っこされたいのか? 変わった子だな。
「すみません。この子は幼い頃から邪神の呪いで、教育ができていないんです」
「気にすることはない。リアもそうだったからな。それよりも、ギフトを賜ったという話だったが?」
「はい! そうなんです。さあリリー、さっきの力をもう一度見せて?」
「えー? うん」
リリーが人差し指を伸ばすと、その先にロウソクほどの火の玉が出現した。まさしく魔法。ギフトによる力だ。
すると、リリーは反対側の手も人差し指を伸ばす。その先に出現したのは、十センチほどの水球で……ッ!
「二属性だとッ!?」
ギフトの能力で授かる魔法は一属性のはずだ!?
「ん? 二つだけじゃない」
次にリリーが出してみせたのは、よく磨かれた丸い水晶、まるで太陽のような光の玉、こぶし大のロックアイス、バチバチと爆ぜる雷球、そしてまるで夜を切り出したような闇。すべてで七つの属性を操っている。
「お兄さま、これって……」
「ははは……」
もう笑うしかない。なんだこれ? オレはこんなギフトを知らない。勇者であるリーンハルトだって雷の一属性しか使えないんだぞ!?
それを七つも……。
「すごいな……」
「結婚しよ」
「あなたね、すぐに結婚なんて言わないでください。お兄さまはわたくしのです!」
結婚? 結婚か……。
「リリー、もしこの力の存在が表に出れば、君には結婚や養子の縁組がたくさんくるだろう」
「ん? リリはディーと結婚する」
「残念だが、我が家の影響力は極めて限定的だ。上位貴族の申し出となれば、断ることは難しい。そして、君は平民だ。ますます貴族に逆らえない。リリーが大切にされる保証もない」
「それは……とても厄介なことですね」
「ん?」
リリーはわかっていないみたいだが、ユリアはオレの言わんとしていることがわかったようだ。
「これを防ぐには、リリーをバウムガルテンに組み入れる必要がある。まぁ、リリーが望めばだが……」
「結婚?」
「違う。オレとは……兄妹になるのか?」
「ぶー」
「お兄さま、いいんですか?」
「ここまできて、はいさようならはな……」
「ですが、本当によろしいのですか? 見ての通り、教育もできていない娘ですが」
「あくまでリリーが望めばだ。一応、こちらで書類を作っておく。サインするかどうかはそちらで決めてくれ」
「ですが……」
「何か?」
「いきなりのことで混乱しています。それに、私どもに有利過ぎるのです。本当によろしいのですか?」
「将来優秀な人材を確保しようとしているだけかもしれんぞ? まぁ好きにしろ。リリーにとってなにが最善か、よく考えてやってくれ」
「ディーと結婚」
「それはもういい」
「ぶー」
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません……」
深く頭を下げるユリアをオレは不思議な気持ちで見つめていた。
オレ自身も不思議なのだ。なぜ、オレはこの親子に対してここまでしているのだろう?
邪神の呪いで苦しんでいる姿に共感してしまったのか?
それとも、ユリアに母親を重ねているのか?
前世でも、今世でも恵まれなかった母親という存在をユリアに求めているのか?
それとも、リリーとコルネリアが重なって見えているのか?
まさかリリーに絆されたわけではないよな?
自分でもわからない。きっと答えは一つではなく、さまざまな理由が折り重なっているのだろう。
「リリはディーと結婚する」
「大きくなったらな」
「胸は大きくなる。母もデカい」
「背だよ?」
オレは気づけばリリーの頭を撫でていた。リリーは目を細めて、まるで犬のようにもっと撫でてと頭を擦りつけてきた。
そんな様子をコルネリアが複雑そうな表情で見ていたのをオレは視界の端で、しかし確かに捉えていたのだった。
◇
「リア、そういうわけになってしまったけど、不満かい?」
客間を出た後、オレは思い切ってコルネリアに訊いてみた。オレはコルネリアの了承なく勝手に話を進めてしまったからな。コルネリアに不満があっても不思議じゃない。
「べつに不満というわけでは……」
コルネリアの歯切れが悪い。不満ではないにしてもなにかあるのだ。
「なにが気がかりなのかな?」
「…………。お兄さま、お兄さまはわたくしのお兄さまですよね?」
「そうだね」
「わたくしだけのお兄さまだったのに……」
オレたちだけだった兄妹の枠組みに他人が入るのが嫌なのか?
「たとえリリーが妹になったとしても、オレと血の繋がった妹はリアしかいないよ」
オレとコルネリアの絆は確固たるものだ。
「…………。そう、ですね……」
しかし、コルネリアの表情は晴れるどころか更に暗く曇るのだった。