044 魔の手②
「なぜバウムガルテンのクソガキは挨拶に来ないのだ!?」
儂は持っていた杯を使者に出した騎士に投げつけた。しかし、まったく怒りが納まらん。
なぜだ!? なぜ、バウムガルテンのクソガキは来ないのだ!? ヒューブナー辺境伯である儂の要請だぞ!?
森を焼かれ、モンスターのスタンピードに襲われたはずだ。あんな弱小領地にとって致命傷だろう? すぐにでも寄り親である儂に泣きつくはずだ。それがなにも言ってこない。
なにかがおかしい。
「ちゃんと森に火を放ったのだろうな?」
息子であるクレーメンスの問いかけに、騎士は何度も首を縦に振って答える。
「もちろんです。間違いなく森に火を放ち、モンスターのスタンピードが起きたことは確実です」
「では、なぜバウムガルテンのクソガキはこないのだ!?」
「確認しましたところ、モンスターのスタンピードによって、村が一つ潰れたのは確実のようです」
「村一つか……」
スタンピードが起きたわりには被害が少ないな。すべての村が破壊されれば面白いものを……。
「ですが、損害は軽微としか言えません。すでに破壊された村の復興も終わり、日常を取り戻していました」
「なんだと!?」
「これは私見ですが、民家の作りが簡単なものが多く、復興も早かったのではないかと思われます。更にバウムガルテン男爵が陣頭指揮を行い、士気も高かったことが――――」
「そんなことはどうでもよい! 問題なのはバウムガルテンのクソガキが儂に泣きついてこないことだ! どういうことだ!?」
「父上のおっしゃる通りだ。貴様の怠慢ではないのか?」
「滅相もございません! 私が思いますに、バウムガルテン男爵はスタンピードを退けたことに自信を持ってしまったのではないかと……。以前は仮病を使っていたのですが、今回は仮病も使わずに辺境伯様のお誘いを断りました」
「スタンピードを起こすのが下策だったと、儂の失態だと言いたいのか?」
「貴様! 父上を愚弄するつもりか!?」
「誓ってそのようなことはございません! ただ、我々の想定よりもスタンピードの規模が小さかったのではないかと……」
「ふむ。それは儂も考えていたところだ」
「父上?」
「思い出していただきたいのですが、バウムガルテン領はロクなモンスターが居らず、冒険者も行かない僻地でございます。スタンピードを起こしても、その中身がザコモンスターの集まりだった可能性もございます。そうでなくては、未だ年若いバウムガルテン男爵が、モンスターのスタンピードを御せるとは思えません」
「ふむ……」
一理あるか……。
スタンピードを起こしたのにもかかわらず、被害が小さいのはそれが原因か。まったく、クソガキも使えなければ、モンスターさえ役に立たんとは。バウムガルテン領がこれほど忌々しいとは思ってもみなかった。腹立たしい。
「もう一度スタンピードを起こすことは?」
儂の問いかけに、騎士が身を固くして答える
「……難しいと思われます。我々使者には、監視が付けられました」
「監視だと?」
「はい。表向きは護衛ですが……。我々がスタンピードを起こしたと疑われているものと思われます……」
「忌々しい!」
まったく上手くいかんな。嚙み合わないというべきか、相性が悪いというべきか……。
だが、そんなことで止まるわけにはいかない。辺境伯たる儂の言葉を無視した代償はきっちり払わせる!
「我が騎士よ、貴様が見たところ、バウムガルテンのクソガキが儂の要請に応じる可能性はあるか?」
「残念ながら難しいかと……。来年からは学園も始まります。入学準備を理由に断られるかと思われます……」
「学園か……」
そういえばもうそんな歳か。クレーメンスと同じ年に生まれたのだから当然か。
結局、バウムガルテンのクソガキは、一度も我が要請に従わずか。ワシをナメ腐っておるな。腹立たしい。今すぐにでも軍を起こしてバウムガルテン領を蹂躙したい気分だ。そうすれば、少しは腹立ちが納まるだろう。
しかし、そのためにはバウムガルテンのクソガキに罪を着せる必要がある。儂の要請を蹴っただけではちと弱い。
まったく忌々しいな。なにかいい手はないか……?
「父上、学園ならば引きこもりのバウムガルテンのクソガキも出てくるでしょう。精々かわいがってやりますよ」
そうだな。なにも儂が直接手を下すまでもない。クレーメンスに任せればいいのだ。我が領内最強のクレーメンスならば、バウムガルテンのクソガキなど相手にもならんだろう。
「そうだな! それがいい! 儂の鬱憤が晴れるほど、念入りにかわいがってやれ」
「はい。くふふ……楽しみです」
「ははは。ようやくバウムガルテンのクソガキに吠え面をかかせることができる! クレーメンスよ、バウムガルテンのクソガキはお前に任せる!」
バウムガルテンのクソガキは男爵位。クレーメンスは次期辺境伯とはいえ未だ無冠だが、そんなものは子どもの遊びで片付けてしまえばいい。
やっとだ。やっと思い上がりのバウムガルテンのクソガキの鼻をへし折ることができる。
積年の忌々しさが、氷解していくような気がした。
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