042 商談
「お久しぶりでございます、バウムガルテン男爵様」
「ベンノ、久しいな」
オレは隙間風が激しい応接間で商人のベンノと会っていた。ベンノの隣には、息子のアルノーが緊張した様子で席に座っている。
歳が近いからか、オレやコルネリアのお友だちにしようと企んでいるんじゃないかな。まぁ、ベンノには世話になってるからな。アルノーと友だちになるのはやぶさかではない。
「今回も世話になったな。大量の物資を運んでくれたこと、感謝している」
「とんでもございません。まさかモンスターのスタンピードに見舞われるとは……。心中お察しするには余りあります。わたくしどもが少しでも力になれましたら、これ以上の喜びはございません」
本来、ベンノが行商に来るのはまだ先の予定だったのだが、スタンピードのことを知ると、真っ先に物資を持って駆けつけてくれた。
いい奴だよなぁ。バウムガルテンとの取引なんて、そんなに儲けが出ないだろうに。何がベンノをここまで献身的にしているんだろう?
「礼というわけではないが、これを食べてみてくれ」
オレはテーブルの上に置かれたハンドベルを振ると、チリンチリンと涼やかな音が鳴る。それを合図に部屋に入ってきたのは、バウムガルテンのお抱えコックだ。彼は自信満々な顔でベンノとアルノー、そしてオレの前に小皿を置く。
小皿の中に入っているのは、まるでアイスクリームのように盛り付けられたポテトサラダだ。
毒見の意味も兼ねて、まずはオレがポテトサラダを食べた。うまい。コックの奴がいい笑顔をしていたわけだ。
オレがポテトサラダを食べると、ベンノ、アルノーもポテトサラダを口にする。そして、驚いたように目を見張った。
「驚くほど美味です。非常になめらかで優しい食感。まろやかさが口いっぱいに広がって、ハムの塩気と触感がいいアクセントになっている……。これほどの美味は初めて食べました」
満足そうな顔で呟くベンノの横では、アルノーが激しく首を縦に振って肯定していた。
「これはジャガの実を潰して、ある調味料と混ぜたものだ」
「ジャガの実ですか? あれには毒があったはずですが……?」
「毒はジャガの芽にある。それを取り除いてしまえばいい。そして、今日の本題だが……。あれを」
「へい」
オレが合図を出すと、コックがベンノとアルノーの前にレタスとマヨネーズの入った小皿を置いた。
「これが今回の本題。先ほどの料理を作るのに使った調味料だ。レタスに付けて食べてみるがいい」
「はい。……これは!? なんとも濃厚でクリーミーな!? 私は何度か貴族の方と会食をしたことがあるのですが、こんなクリームは食べたことがありません!」
「これはオレが開発したマヨネーズという調味料だ。さきほどのジャガの実を思い出してみろ。間違いなく売れるとは思わないか?」
「間違いなく売れましょう! 野菜に付けるだけでこんなにおいしくなるのです! そして、先ほどのジャガの実。一緒に売り出せば、飛ぶように売れますぞ!」
「ベンノのお墨付きを得られるのなら安心だな。オレには、このマヨネーズの製法を教える用意がある」
「まさか!? お教え願えるのですか!?」
「ああ。その代わり、条件がある」
「条件……ですか?」
「ああ。報酬は利益の一割をバウムガルテンに納めてくれればいい。そして、来年までに王都に店を構えてほしい。そこでマヨネーズを作らせる。更にもう一つ。バウムガルテンで作られたジャガの実を買い取ってほしい。そしてこれからは、ジャガの実をディートリアの実と呼称して販売してほしい」
「それは……」
ベンノが沈黙し、深く考え込む。おそらく、王都への出店がネックになっているのだろう。
王都への出店は、すべての商人の夢だ。故に、そのハードルはとんでもなく高いと聞いている。
「父上、やりましょう! この上ないチャンスです!」
「アルノー? しかし、王都に店を出したとして、責任者はどうするつもりだ?」
「私が! ぜひ、私にやらせてください!」
「アルノーが? しかし……」
アルノーのやる気は買うが、まだ子どもだ。さすがに無理じゃないか?
「私も、自分一人では店を回せないことはわかっています。なので、優秀な番頭を付けていただければ……」
「それならば……。いやいや、待て待て。人を集めねばならんし、時間が……」
「人を雇うのならば、我が領の人間はどうだ? 算術や礼儀作法を教えてあるが?」
「いえ、その……。まだまだ検討しなくてはならない問題があるためこの場でお答えするのは……」
「父上! チャンスは待ってくれませんよ! ここは乗るべきです! 父上もマヨネーズを食べたでしょう? あの味は覇権を取れます!」
「いや、しかし……」
ベンノは慎重だが、アルノーはずいぶんと乗り気なようだ。できれば王都に出店してほしいオレとしては、アルノーを応援しておくか。
「何日か我が領に逗留するのだろう? その間にゆっくり考えればいい」
「はっ! ありがとうございます!」
期限はベンノたちがこの領を立つまでだ。それまでにがんばれよ、アルノー君。
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